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予想外 2
部屋に入ってきた人物は、まさに少年といった年頃の男の子。
名門進学校の制服が様になっている、いかにも優等生然とした少年と佑月の目が合った。
「え……あれ? あなたは……」
少年が驚く傍ら、佑月も同時に驚きに口が半開き状態になった。
「樹さま?」
櫻木が怪訝そうに少年に問いかけるが、少年の意識は佑月から逸らされることはない。
「えっと……確か安部さんとこの……だよね?」
訊ねる佑月に少年はこくりと頷く。そして少年は、弾かれたように佑月の目の前へと飛び出してきた。
「なんで……? なんであなたがここに?」
心無しか少し青ざめたような顔色の少年は、佑月の両腕をがっしりと掴んできた。
少しの痛みに眉を寄せつつも、その疑問は佑月が問いたい気持ちだった。
安部 樹 。
母親からの依頼で、佑月と陸斗との二人で息子の素行調査をしていた対象の子だ。学校が終わっても一度も家に戻らず、夜まで帰って来ることがないという。
調査すると、学校から出ると直ぐにファミレスで一人、勉強やスマホをいじって時間を過ごしていた。
幸せそうとは言い難いが、母一人子一人の暮らしの中で、お互いが嫌い合うような仲でなかったのが、唯一の救いであった親子だった。
その樹がなぜ、こんな所に。佑月が口を開きかけると、櫻木がスッと佑月たちの傍へとやってきた。
「あの……成海様? 樹さまとお知り合いなのでしょうか?」
「知り合いというか……」
樹に目を向けると、ずっと佑月を見ていたのか、眼鏡の奥の瞳と直ぐに目が合った。
家令である櫻木が、樹を“さま”を付けて呼ぶ理由はなんだと、綺麗な顔をした樹の顔を佑月は改めてよく見た。
考えたくはないが彼も円城寺の被害者なのだろうか。ただの客人が、案内を無視してここまで堂々と邸内に入って来るのは、考えられない。
円城寺には子供はいない。というより、結婚すらしていないと聞いた。なら、子供の友人でもないということ。親族かもしれないが、それよりも嫌な考えに、佑月に悪寒が走った。
「えっと、成海……さんとは友達だよ。ね?」
「ご友人……?」
不信感をあらわに、櫻木は樹と佑月の顔を交互に見遣った。櫻木が不信を抱くのは仕方がないのかもしれない。
歳も離れてるし、接点だって探す方が難しい。でも、今は樹に合わせた方がいいと、佑月は急いで頭をフル回転させた。
「そうです。最近本屋で知り合ったんですが、同じ趣味だったものですから、そこから意気投合したんですよ」
「そうそう! あ、ねぇ、成海さん、あれ“仮面シリーズ”読んだ?」
佑月は素直に驚いた。仮面シリーズはとても古く、コアなファンからは支持され人気があるが、独特な世界観と文章で、大体が敬遠するような推理小説だ。
佑月はその作者の独特な言い回しや、じっくりと練られた構成が好きで、大学時代に夢中になって読んでいたものだ。
それをこんな若い樹が知っていることが、何だか佑月は嬉しかった。
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