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予想外 3
「もちろん読んだよ。というか、樹くんがそんな古い本を知ってるのが驚きだよ」
佑月が笑顔で返すと、樹は一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに満面の笑みを浮かべた。
まさか佑月が、仮面シリーズを本当に知っているとは思っていなかったのだろう。
「だって、本の趣味が一緒なら読んでるかなって思って、この間から読み始めたんだ」
「そっかそっか、あれハマると夜寝られなくなるからほどほどにね」
「うん、分かってる」
佑月たちの様子に、櫻木の表情から疑念が晴れたようだ。
「櫻木悪いけど、席外してくれる? お茶もいいし、ちょっと話したいんだ」
樹はそう言うが、櫻木は緩く首を振る。
「お言葉ですが、成海様は旦那様のお客人であらせられます。程なく旦那様が──」
「櫻木さん、帰って来られるまででいいのでお願い出来ませんか?」
少しの時間でもいいから、二人で話す時間が欲しい。頼み込むように佑月が頭を下げると、櫻木はやや困ったように眉尻を下げた。
そしてしばらく逡巡した後、軽く息を吐き出した。
「……分かりました。旦那様がお帰りになられたら、樹さまは速やかにお戻りくださいませ」
「分かってるよ」
棘を含むような声音で樹が答えると、櫻木は一礼してから部屋を出ていった。
「ねぇ、どういうこと? 成海さんもしかして……」
櫻木の気配が消えるや否や、先程の本の話などなかったかのように、佑月の隣へとなだれ込むように座ってきた。
「もしかして、アイツの新しい男……とか言わないよね?」
今にも泣きそうな顔で問われ、佑月は一瞬目をしばたたいた。 そしてそのあり得ない誤解に、佑月は大げさな程に首を振った。
「まさか! 冗談じゃないよ」
「じゃあなんで? ここ二、三日訪れてるって聞いたけど。アイツとどういう関係なの」
「どういう関係って……俺とあの人とは何の関係もない。ただ夕食を共にしてるだけだよ」
「関係もないのに夕食?」
訝しむ樹に、佑月はどこまで言えばいいのか悩んだ。適当に流せばいいという感じではない。そもそも樹と円城寺の関係こそ、何なのかが分からない。
樹の言葉の端々や、様子からして円城寺に好意的な感情があるとは少し思いにくい。
どちらかと言えば、佑月の心配をしているように見える。だが、樹自身をよく知っているわけではないから何とも言えないが。
この前に至っては、陸斗に迫るという、とんでもない言動をしていた子だから。
「ここの当主である円城寺さんは昔、母の知り合いだったんだ」
「お母さんの?」
「そうだよ」
そう答えるが、樹の表情は余計に曇っていく。
「お母さんの知り合いって、どういう知り合いなの? こんな立ち入ったこと訊くのは失礼だって分かってるんだけど……」
弱々しくなる語尾、樹の表情、そして目がとても真摯なもの。嘘をついてるようには見えない。これが演技なら、今すぐ俳優になれと推薦したくなるぼどだった。
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