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予想外 6
「なに心配はいらないよ。佑月に会えなくなる方が私は辛いからね」
「そうですか……」
目元が引きつりそうになるような苦笑を佑月が浮かべると、円城寺は何を勘違いしてるのか、嬉しそうに口元を緩めていた。
早く帰りたくて仕方がない。
仕事で疲れてるのに、その上更に精神を蝕まれるのは非常に辛いものがある。
これから夕食を共にして、後どれくらいで帰れるだろうかと、穢れなど知らない真っ白な壁に掛かる古い柱時計を見るのが、癖になり始めていた。
「そう言えば佑月、あの男のことだが」
「……え?」
意識が時計に向いていたためあの男が誰を差すのか、佑月は一瞬判断が遅れた。
そんな佑月を円城寺は呆れたように笑うでもなく、どこか満足そうな笑みを向けてきた。
「須藤 仁のことだ」
「須藤……さん?」
極力顔には出さないよう、佑月は近すぎる円城寺に視線をやる。
「あぁ。やっと、別れてくれたらしいじゃないか。あんなに佑月に執着していた男が何故とは思うが」
「そんなこと一体誰から聞いたんですか」
ここに来てから三日目。噂が回るにしては些か早いような気がするが、それが噂ならの話だ。円城寺は何と答えるつもりでいるのか。
「まぁ、この世界は広いようで狭いからな。それに、あの男は何をしていても目立つ人間だろう? 否応なしに耳に入るのだよ」
否応なしにね。無難な回答を寄越してきたなと、佑月は苦笑がもれそうになる。
「どうやってあの男を納得させたんだい? こんなに美しい佑月を簡単に手離すなど、少し理解に苦しむがね」
「言い合いになったんですよ。今回のことで。貴方と関わることを良くは思ってくれませんでしたから。それを反抗した俺が許せなかったんでしょ」
自分が原因で別れたと思っているめでたい男は、至極ご満悦といった表情で頷いている。
そんな男に、佑月は反吐が出そうになるのと同時に、嘲笑がこみ上げそうになった。
そして佑月は一人、ある確信を胸に、地獄のような時間をなんとか乗り越えたのだった。
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