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《Background》
◆
深夜一時を回る新宿の夜の景色。
街並みに聳え立つ高層ビル群。その内の一棟の上階の窓からは、明るい光がもれている。
「真山、【bright】の数字が少し気になる。明日店に行くから予定を空けておけ」
「かしこまりました。申し訳ありません。確認をしたのですが見落としがございましたか」
書類を受け取り頭を下げる真山に、須藤は緩く首を振る。
「いや、普通なら問題のない数字だが、三日と続くと微々たる数字でも気になってな。お前が気にする必要はない」
「……はい」
真山は一週間前からの書類を出し見比べると、確かに普通なら全くと言っていいほどに問題のない数字だったが、わざわざ過去の書類を出さないと確認出来ない値に、改めて須藤の能力、力量を思い知らされた。
膨大な仕事量に、書類の山、秒刻みの時間で動く、そんな過密スケジュールの中で、どんなに小さなことでも見落とさない。真山は更に心服の念を抱いた。
「真山、車を回してきてくれ」
「かしこまりました」
夥 しい量の書類に全て目を通した須藤は、次の場所へ向かうための指示を出す。
スーツの上着とコートを羽織り、帰る準備が整うと、執務室の電気を消し、エレベーターに乗り込む。そして須藤は鞄からスマートフォンを取り出した。
メールが沢山届いている中、目的の一通だけを開き、直ぐに返信を返す。恐らく返信先の相手は寝ているだろう。
須藤は余計な思考を振り払うように、無表情でスマートフォンを上着のポケットに突っ込んだ。ほんの少しでも気を緩めると、その箍が外れそうになるからだ。
こんなくだらない事など早く終わらせてほしいものだと、強く願わずにはいられなかった。
外に一歩踏み出すと、さすがに冬の夜は冷え込む。都会の汚れきった空気も夜は全てが浄化されたかのように、新鮮にも感じられた。
待機していた車に須藤は直ぐに乗り込んだ。
三十分ほど走り、着いたのは馴染みの【espoir】。真山を帰し、須藤は照明が絞られた薄暗い店内を歩き、いつものスツールに腰を下ろした。
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