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《Background》 2
「いらっしゃい」
中村が声を掛けるのを須藤は頷いて返す。中村は手際よくバーボンを須藤の前へと出した。
「遅くなって悪かったな」
「いいえ、さほど待ってませんよ。ねぇ、マスター?」
そう中村に訊ねるのは、須藤の隣に座っている男。見た目は二十代半ばから後半くらいに見える平凡な容貌。
だが実際には須藤よりも年上の、中国人の男……泰然 であった。
「ええ。そんなにお待ちにはなってなかったよ」
「そうか。なら、良かった」
中村と泰然は初対面だが、和やかな雰囲気だ。
「須藤さんは相変わらず律儀です。今夜お呼びしたのは私の方なのに」
「仁は意外と、そういうところはきっちりしているからな」
時間厳守は、この世界に身を置いていれば当然のことだ。取引内容によって、数分の遅れで命取りになることもあるからだ。
それを分かっている二人は敢えて、冗談めいて言っているのだ。
須藤は無言で煙草に火を付けて、数時間ぶりの煙を堪能する。
「そう言えば仁。お前、成海くんとのこと本当なのか?」
「須藤さんの愛人、とても綺麗な人でした。本当なら残念です」
「あの運び屋の坊やが吹聴してたらしいが、今は姿を消してるそうじゃないか」
二人の心配を余所に、須藤は煙草の灰を灰皿に落とし、バーボンに口をつける。
そんな様子の須藤を見て、今はそれ以上突っ込むべきではないと、二人は判断したようだ。
六日前。
成海を怒りのままに酷く抱いた日。あの日もう少し早く泰然 からの情報が得られていたらと、須藤は何度悔やんだか知れない。
もちろん調べてくれていた泰然が悪いわけではない。むしろ、どんな組織の連中よりも情報収集は群を抜いてスピーディーだ。
だがと、どうしても悔いる気持ちが上回り、そんな自分にも須藤は苛立っていた。
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