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《Background》 4

「それで泰然、話ってのは、例のことか?」 「はい、そうです」  須藤が本題に入ったことで、中村がそっと席を外そうとするのを須藤は呼び止めた。 「中村さんもいてくれ。そのためにここを指定した」  少し驚いた様に泰然へと中村が視線をやると、それに気付いた泰然が鷹揚(おうよう)に頷いた。  店にはcloseの札を掛けてある。だから店にも当然客はいない。気兼ねなく話を出来る状況だ。 「分かった」  中村はまるで内緒話でも始めるかのように、カウンターから少し身を乗り出してきた。 「内の者から連絡がありまして、そろそろ動きがありそうです」 「そうか。新しい物でも出来たのか?」  揶揄めいた須藤に、泰然は同じように笑う。 「いえ、それはなかなか苦戦しているようです。とりあえず今は現状維持で数で稼ぐようですね」 「現状維持ね」  須藤と泰然の会話に、中村の眉間にはシワが寄っていく。 「仁、それって薬のことだよな? 誰なんだ?」 「円城寺グループのトップだ」 「……円城寺だと?」  中村は途端に、苦虫を噛み潰したように渋面を作る。中村の現役時代、何かと円城寺の名前は挙がっていた。有名な人間になればなるほど、暗い影も浮かび上がってくる。  薬の製造をして売りさばくといった“疑惑”が、一度上がった事があるのだ。  大物のスキャンダルに、中村を筆頭とした五課は、必ず挙げてやると奮起したものだった。  だが直ぐに上から捜査中止の命令が下った。日本屈指の大財閥だけあって、上層部との癒着は強固なもので、下っ端の人間がいくら声を上げても無駄であったのだ。  中村は当時の悔しさを思い起こし、カウンターに拳を打ち付ける。 「あの野郎のスカした面が、今でも脳裏に焼きついてるよ。その男を仁が口にするなんて、よっぽどのことがあったと見るが……」 「そうだな。何かと俺の仕事を邪魔をしてきたが、今回ばかりは、どうも放っておけなくなってな」  煙草を灰皿に捩じ込む須藤の表情に、中村は軽く息を呑んだ。 「そうですね。我々もこれ以上我が国の秩序を乱されるのは、許しがたいことですから」  人の良い笑みを浮かべていた泰然の表情が、スッと無になる。そこには何か得体の知れない恐怖が潜んでいるようで、中村はゾッと身震いをした。  長くこの世界に身を置いている中村だが、これ程までに恐怖を感じたのは須藤以来だった。

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