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《Background》 5

 一体何者なんだという中村の表情に、須藤は徐に口を開いた。 「まだお互いの紹介をしていなかったな」 「そうですね。失礼しました」  先程の無表情から一転、泰然は柔和な笑みを中村に向けた。 「い、いや……。こちらこそ」  向けられた中村は、動揺がぎこちない笑みとなって出てしまった。 「この男の名は劉 泰然。劉一族の総帥だ」 「りゅ、劉一族だって!?」  驚愕する中村に泰然は苦笑混じりに頷いた。 「劉一族って言えば、中国で絶大な権力を誇っていると聞くが……」 「こんな若造で驚かれたでしょう?」 「いや……」  否定の言葉を出しながらも、中村から見れば泰然は二十代後半くらいに見えた。  実際は三十八だが、それを聞いても大して変わらないと中村なら思うだろう。  日本の組織など比べ物にもならないほどの、強大な組織のトップが、ごくごく平凡な容姿で、どちらかというと線も細いし、若い。  中村でなくても驚くのは無理もないことだった。そして何よりも、須藤のそのパイプのつながりにも中村は驚かされた。  どこでどう繋がったのか、それは中村の知る由もないことではあるが……。 「では今はその関係で日本に滞在を?」 「ええ。そのようなものです」  須藤が傾けるロックグラスから、カラリと氷の溶ける音がする。  泰然の笑みに嘘くささが滲んでいたが、中村はそれ以上突っ込むことはしなかった。まさか泰然が【black bird】として、ここ日本で遊んでいるなんて思いもしないだろうと、須藤は一人、心の内で笑った。 「円城寺は二十年程前に、製薬会社の研究所と銘打った施設を開設している」 「何だそれ……初耳だぞ」  お互いの紹介が終わり、本題に入った須藤の話に、中村は少しの驚きを見せた。

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