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薔薇 3
まるでこの部屋だけが異空間のようで、佑月は少しの恐怖を感じ、無意識に両腕を擦っていた。
「誰?」
カーテンの奥から、男にしては高めの声が、訪問者である佑月に訊ねてきた。
「成海と申します」
佑月は極力声に動揺が混じらないよう努めた。佑月の名前を聞いてから、一瞬だが部屋の空気が冷えた気がした。そして時間を掛けて、ベッドから起き上がる音が佑月の耳に届く。
カーテンが小さく揺れ、ゆっくりとその姿が現れた。男と目が合った瞬間、二人の視線は鋭く絡み合う。そのまま暫く睨み合うように、お互いの視線が外れることはなかった。
「はは……誰かと思ったら」
口火を切ったのは相手の男。思ったより顔の肌ツヤはいいし、一見しただけでは、何かしらのケガを負っているようには見えない。
あれから日にちが経ったとはいえ、かなりきつい拷問を受けたようだから、男は気丈に振る舞っているのだろう。
「こうしてまともに顔を合わせるのは初めてでしょうか」
「そうだね。初めて会ったのは【雅】でだったけど、一瞬だったからね」
佑月は黙って頷く。
あれは夏の暑い夜だった。須藤と料亭【雅】へ訪れた時、料亭の中から現れたのがこの男だった。
誰もが見惚れるほどに美しい容姿。それを武器として仕事もこなす。この男こそが、全ての元凶であった運び屋、リアンだ。
佑月は改めてリアンの身体に視線を走らせる。首筋にはトレードマークと言っていい、黒薔薇のタトゥー。両手には包帯が巻かれている。聞けば両手両足の爪は全て剥がされているようだ。
時折、右手の指を握ったり開いたりとしていて、何か握っているのかと身構えたが、何もないと分かり佑月は少し身体の力を抜いた。
「それで? 僕に何か用?」
欠伸を交えながら、さも退屈とばかりにリアンは訊ねてくる。佑月は一定の距離だけは保つよう、少しだけベッドへと近づいた。
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