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油断
◇
「なに? どういう事だ!」
円城寺邸での夕食の席。いつものように、佑月は円城寺と共に夕食を摂っているのだが、その食事中に掛かってきた電話で円城寺が怒りの声を上げた。
「研究員全員だと?」
動揺の声を上げる円城寺に、佑月はチラリと視線を上げる。その視線に気づいた円城寺は、直ぐに席を外し、部屋から出て行った。
佑月はカトラリーを置くと、口角をゆっくりと上げる。順調に周囲は動いている。製薬会社の研究員が一斉に辞めたことが、いま円城寺の耳に入り、激昂していたのだ。
研究所の中では、秘密裏に非合法の薬を製造しているようだ。佑月も真山から聞いた時は驚いたものだった。
今回で研究所には警察の手が入る。だから表の研究員が路頭に迷うことのないよう、円城寺の弟、弘道が全て手配してくれたのだ。
直ぐにそれは円城寺の耳には入るだろうが、その頃には円城寺自身も無事ではいられないだろう。
ものの五分も経たない内に、円城寺はワインが入ったグラスを持って部屋へと戻ってきた。
「何かあったんですか?」
「大した事ではないから、佑月は何も心配しなくていい」
「そうですか」
そう答えながらも、食事が済めば早く帰りたい佑月は、時計に視線をやる。今夜でやっと円城寺からも解放されるのだ。気も急いた。
それを邪魔するかのように、円城寺は佑月の傍に寄り、自分に注意を引き付ける。
「それよりも、こうして佑月との時間を過ごす事の方が、私には大切なことだからね」
円城寺は二つ持っていたワイングラスの一つを、佑月へと差し出してきた。
「さあ、飲んで。シャトー・マルゴーだ。ヴィンテージ物だから佑月の口にも合うはずだよ」
さらりと五大シャトーの内の一つの高級ワインの名前を告げられ、佑月は一瞬戸惑うも、それを受け取った。
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