361 / 444
いつまでも 5
「俺のラッキーカラーがネイビーだったんだよ……」
「うん、それも覚えてる」
二十時半を回った店内には、客は佑月らしかいない。あと三十分で営業時間も終わりだ。
せっかく淹れてもらったコーヒーは冷めてしまった。だけど佑月は乾いた口内を湿らせるように、カップに口をつけた。
「あいつに監禁されてて、着る服がなくて仕方なく借りた服がネイビーのニットだった。最初はあの占いのことはすっかり忘れてたんだけどね。でも俺が無傷だったのはそのせいだったんじゃないかって……」
あんな男の借りた服で、自分は命拾い。自分自身に降りかかる災厄を免れた事だけを考えると、ラッキーと普通は考えるだろう。
だけどそのせいで大切な……本当に心から大切なものを失いかけた。あの時は我を忘れ、そのことでどれだけ自分を責めたか。なんでネイビーのニットなんて着たんだと、後悔ばかりが募った。
「ま、待てよユヅ。たかが占いだろ? あんなの根拠もねえじゃん。ユヅだって信じない方だっただろ?」
「うん、信じない。だって実際、身を挺してまで救ってくれたのは、須藤さんだから。でも、そのときはたくさん血を流すあの人を見て“大切なものを失う“って頭を過ったんだ。俺はあの人が本当に俺の前から居なくなるかもって……そんなことを思ってしまった。あんな占いに俺は自分を見失いかけたんだよ」
そんな自分が信じられなくて、酷い自己嫌悪に陥った。
須藤は二発の銃弾を浴び、その内の一発は左上腕を掠め、肉が少し削がれたが、縫合すれば問題ない傷だった。
問題は左肩を撃ち抜かれ方だ。動脈を傷付け、あと数ミリずれていたら肺もやられていた。いくら須藤の体格が良くても、大量に失血すれば命の危険がある。しかも輸血が必要だったほどだから。
血液は自身に何かあったときの為に、自分の血液をストックしていたようで事なきを得たが、あと五分でも処置が遅れていたら、須藤は本当に危なかったそうだ。
その須藤は今、絶対安静の中で黒衿会の息が掛かった病院に入院している。あの村山が入院していたところだ。
手術を無事に終えたはずが、須藤はまる二日、目が覚めなかった。それを真山から聞いた時は、佑月はあまりのショックで、卒倒しそうになった。
だが真山から直ぐに、日頃の疲れが一気に出て、ただ熟睡しているだけだから心配はいらないと聞き、僅かだが安心を得られたが。
(あの時は本当に生きた心地がしなかったな……)
佑月は怒涛の一週間を思い起こし、颯の前で項垂れるように肩を落とした。
しんと静まる店内に、来客を告げるドアベルが鳴る。もう閉店間際だが、隠れ家的な喫茶店【虹】は結構遅くでも常連客は訪れる。
「陸斗らに聞いたけど、ユヅ一度も見舞いに行ってないって本当なのか?」
颯の口調が急に、緊張の混ざるものになったのが気になったが、佑月は俯いたままコクリと頷いた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!