373 / 444
after story 2
「でも、須藤さんが退院したってよく知ってたね」
須藤が入院している事を知ってるのは、ごく少数に限られている。噂になることはない。不思議に思って訊ねると、陸斗が苦笑混じりに頷いた。
「それは昨日、颯先輩が電話くれたんですよ」
「颯が?」
陸斗の横で、海斗は笑いを堪えるように、一人で肩を震わせている。佑月はそれを見て、何となく颯が言った内容が想像できた。
「颯先輩、凄い勢いで電話してきて、〝王様〟が〝妃〟を迎えに来た! って……ぷっくく」
「なに、笑ってんのよ海斗! まさにその通りじゃん! 須藤さん重症なのに、たまらず迎えに行くなんて、素敵すぎる!」
(いや……花ちゃんまでやめてくれ……。もう、颯のやつ、誰が妃だよ。俺の想像を上回るなよ)
「でも本当良かったです」
陸斗の安堵の声。今まで心配を掛けすぎたから、こんな風に三人が笑ってくれるのは本当に嬉しかった。
佑月は、もう何度目かは分からない感謝の気持ちを小声で呟いた。
「佑月先輩、今日から家庭教師でしたっけ?」
パソコンを打つ手を止め、陸斗が訊ねてくるのを佑月は頷く。
高校二年生の男子学生で、見るのは一ヶ月だけでいいらしい。人に勉強を教えるのは、大学の時に家庭教師のアルバイトしていた時以来だから、少しのブランクがある。
しかし、依頼主である母親からはそれは口実だと電話で言われたのだ。どうやら息子は夜遊びが酷いようで、それを改めさせたくて、見張っていて欲しいようだ。そんな息子が大人しく言うことを聞くとは思えないが、何とかお願いしますと強く頼み込まれたら、断ることが出来なかったのだ。
午前中にある依頼のための準備をしていると、鞄に入っているスマホが振動で着信を報せてきた。
スマホの画面を見て、佑月は思わず首を傾げてしまった。
「もしもし? どうかしたんですか?」
『お前に言っておくことがあったのを、忘れていたからな』
「言っておく……こと?」
さっき別れたばかりの須藤からの電話。言っておく事とは何なのか、少しの警戒が混じる中、佑月は続く言葉を待った。
『あぁ。今夜は遅くなるってことをな。だから先に寝てろ』
「……うん、分かりました」
警戒していた自分が嘘のように、今はがっかりと肩を落とした。改めて今夜からは一緒に居られると思っていただけに、結構落ち込む佑月がいた。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!