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after story 9

「はぁ……」  須藤のマンションに入り、玄関ドアを閉めた途端に大きなため息がこぼれた。主のいないうちに訪ねるのは初めてで、当たり前だが部屋内はしんと静まり、暗い。自分のアパートとは違い、無駄に広いから余計に寂しさを感じてしまう。  須藤はいつも、こんなに広い部屋に一人でいるのだと思うと、佑月は少し切なくなった。 「一緒に住む……」  口に出してはみたが現実味がなく、それを打ち消すように佑月は頭を振った。それに一緒に住むには色々と不便なこと、不満、鬱憤が溜まり、上手くいっていたものが、きっと簡単に壊れてしまう。それが怖かった。  一緒に居たいのに、怖い。ここまで人を好きになったのが、須藤が初めてだっただけに、少し臆病になっている自分がいた。 「もう少し余裕が欲しいよな……」  佑月は一人苦笑を浮かべ、室内へと入った。  滝川に送ってもらうついでに、スーパーへ寄ってもらい、食材など日常で使うものなどを購入した。  水以外のものが入っていない寂しい冷蔵庫に、食材を入れていく。一人暮らしが長いということもあるが、【小雪】で世話になっている時に、料理は一通り教え込まれたため、作ることは出来る。  だが帰宅時間がバラバラのため、忙しさにかまけて最近では料理をしていない。 「久しぶりで腕鈍ってるかもな」  キッチンで食材を洗い、夕食の準備をする。須藤は遅くなると言っていたから、きっと食べないだろう。でも、もしかしたらという思いで、少しの期待を持って作ることにした。  自分の作った物を、好きな人に食べてもらいたい。それは純粋な恋心故だった。  ほかほかとキッチン内には、食欲をそそるいい香りが漂う。  野菜と豚肉の黒酢あんかけと、豚汁と炊きたての白いご飯。時間は二十二時を回ってる。  恐らく須藤は〝今日〟帰ってくることはないだろう。出来たてを食べて欲しかったが仕方ないと、佑月は一人で寂しく食した。 「……づき……」 「んん……なに」  肩を軽く揺さぶられる感覚に、佑月の意識はゆっくりと浮上していく。重い瞼を上げると、ぼんやりと人陰が目に入り、佑月の意識は一気に覚醒した。

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