394 / 444

after story 23

 気持ちが浮上出来なくても、仕事をしていれば考えなくて済む。だがこんな時に限って入る依頼内容が、佑月の気持ちを更に沈めていった。  都内にある、どこにでもあるようなビジネスホテル。佑月はそのホテルの入り口が見えるコンビニで、二時間ほど本の立読みをするふりをしている。二時間も立読みをするなど、店員からすれば怪しいに越したことはないが、仕事柄慣れているせいか、周囲のことは別段気にはならない。  だがさすがに二時間も立ちっぱなしでは足が疲れてくる。トイレにも行けないしで、少し気分が滅入りそうだなと感じた時、目的の物が佑月の目に飛び込んできた。佑月は直ぐに手に持っていたスマホで対象者を撮る。 (こんな時に他人の浮気調査か……)  対象者である男は四十代のサラリーマン。真っ昼間から仕事をサボり、若い女とホテルに行くなど、信じられない行為に佑月は不快感でいっぱいだった。 「ありがとうございます。これで証拠が手に入りました」  【J.O.A.T】の事務所の接客スペース。四十代の女性は、佑月がスマホで撮った画像をプリントアウトした物を手に持ち、無理をした笑顔を見せた。  今回の浮気調査の依頼主だ。  ここ二、三ヶ月、夫の様子がおかしいと感じた妻である依頼主は、一昨日の夜、自分が風呂へ入った隙に、夫が浮気相手に電話をしていたのを聞いたのだ。もちろん依頼主は風呂へ入るふりをして。  その決定的な会話を聞き、どうしても許せなかった依頼主は証拠が欲しくて、【J.O.A.T】を頼ってきたのだ。 「男は浮気するものだって分かってはいるんですけど……やっぱり現実を知るとショックですね……」  力なく笑う依頼主。  『男は浮気するもの』  自分は男だが、過去に付き合ってきた女性がいたときは、他に目を移すことはなかった。浮気の〝う〟の文字でさえも頭に浮かばなかったくらいだ。  そうは言っても、佑月は熱愛と言われる程までの恋愛はしたことはない。が、付き合っていた女性は大事にしていた。そんな佑月が今や、一人の人間にどっぷりと深くはまってしまっている。他所に目などいく余裕さえもないほどに。  だが須藤は違うのだろうか……。結局は堂々巡りになり、依頼主にも気の利いた言葉も出せずにいた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!