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after story 59
「何してる」
「え? あ……いや、熱でもあるのか、それとも記憶喪失にでもなったのかと思って」
「熱は上がってるかもな」
「あ……」
須藤は額に置かれた佑月の手を取ると、指に舌を這わせてきた。指先は神経が集中しているせいで、甘噛みされるだけで声を上げたくなる程に感じる。
そして冗談ともつかないその熱い眼差しのせいで、余計に佑月の感度が上がる。
「……でも急にどうしたんです? 貴方の名前は〝須藤 仁〟ですよ」
「覚えてるなら、いつまでラストネームで呼ぶつもりだ」
佑月の思考は一瞬止まった。
〝須藤〟は〝須藤〟だ。それでずっと通してきた。下の名前で呼びたいとか、普通の恋人同士が思うことをそんなに強く考えたことがなかった。男同士というのもあるが、須藤と自分の関係は甘い恋人と呼び合うには特殊過ぎた。須藤という男が特殊過ぎるからだ。
愛されてるとは佑月も思っている。それに佑月も須藤を愛してる。恋人だという認識もある。だけどやはり何か見えない一線があるのは確かだ。世間一般の恋人同士ではあり得ない踏み込めない領域が広すぎて、気安さというものがないからだ。
それに気付いた瞬間、佑月の顔は急激に熱くなった。まさか須藤が世間の恋人同士のように、名前で呼んでいいと言ってくれるとは、そんな日が訪れるとは露ほども思ってなかった。
たった名前を呼ぶだけのことだが、ファーストネームで呼ぶのは特別な気がして、更に須藤へと近づけたようで佑月は嬉しくなった。
「じゃ、じゃあ遠慮なく呼ばせてもらうよ……じ、仁さん?」
「さんはいらない」
「さんはいらないってそんな……あっ……」
首筋を強く吸われ、ピリッとした甘い痛みが走る。
「痕が残るから、見えるとこはやめて」
「つけないのなら、痕もつけない」
そう言いながらも、新たな場所を強く吸引され、佑月は焦った。
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