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after story 70
佑月は身体の痛みなど忘れ、一心不乱に全ての段ボールを開けていく。その全てにあの狭いアパートにあったものが全部詰め込まれていた。
「嘘だろ……」
ウォークインクローゼットを乱暴に開け放つと、そこには佑月の服が全て掛かっていた。ここまで来ると嫌でも分かってしまう現実。佑月は唇を噛み締めながら、踵を返した。須藤の部屋に戻り、スマホを取ると直ぐにある人物に掛ける。
「もしもしお世話になっております。成海と申しますが……」
『おお! 成海さん、もう大丈夫なのかい?』
不可解な事を言う相手に、佑月は困惑する。
「えっと……どういうことですか? 俺は大丈夫ですが……」
『ありゃ? 入院かしてたんだろう?』
「い、いえいえ、入院なんてしてませんよ?」
何がどうなって入院してることになってるのか、益々訳が分からなくなる。
『おーそうかい、ならよかったよ。いえね、成海さんのお兄さんが、今は少し遠くで静養してると仰ってたからね。だからワシはてっきり入院でもしたのかと心配してたんだよ』
「そうでしたか……。ご心配お掛けして申し訳ないです」
『いやいや、元気なら良かったよ』
電話の相手は、アパートの所有者で管理も兼ねている大家だ。何度か会ったことがあるが、おおらかで親切な男性だ。だが年のせいなのか、物忘れが度々見受けられた。数ヶ月前に会った時は「妹さんは元気かい?」と訊ねられたことがある。だから、佑月の兄として現れた人物がいれば、信じてしまったのだろう。今時物騒な話ではあるが。
そしてその〝兄〟がアパートの解約をし、その日に荷物を全部運んで行ったそうだ。恐らく〝兄〟とは真山か滝川だろう。大家の話では、どのみち来年にはアパートを取り壊す予定なのだそうだ。その報告をしようとしていた時に、今回の解約だったため、大家からすれば手間が省けたことだろう。
だが佑月にとっては突然すぎて、とても直ぐには受け入れられなかった。あのアパートはボロいが、佑月にとっては城でもあった。初めて一人暮らしをする時に借りた部屋で、思い出も沢山詰まってる。それをこうもあっさりと、何の相談も無しに解約されたことがショックだったのだ。
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