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危険な男 4
不意に身体が起こされ、口元の布と目隠しが外された。
「っ……」
突然の光に網膜が刺激され、眩しくて目が開けられないほどだ。徐々に視界がクリアになっていく中、佑月は周囲に顔を向けていった。
ぼんやりと映るのは、大きな机が窓際に一台、そして来客用ソファなど、どうやら執務室のようだった。
佑月を連れてきた三人の男は、一人は扉付近に、後の二人は佑月の後ろに立っている気配。完全に逃げ場を封じられている。だが、逃げ場があったとしても、今の状態では逃げるなどは到底無理な話だったが。
そして出来れば視界に入れたくない正面のソファ。そこには、尊大な態度で足を組む一人の男が座っている。
改めて男を見た瞬間、佑月は息を呑んだ。
年は三十代半ばか、佑月でも分かる高級ブランドのスーツが嫌味な程に似合い、それでいてスーツの上からでも分かる程の、日本人離れした体躯は見事な程。
女には一生困ることがないであろう、やや冷たい印象の整った顔立ちの美丈夫。そして纏う空気は、気品がある中でも何かピリピリと肌を刺す危険なものがあった。
「……あんた、何者なんだ」
絞り出した佑月の声は掠れてしまう。男は質問に答えることなく、ゆったりとソファから腰を上げた。立ち上がれば更に大きい身体なのが分かった。
目の前に立った男を直視出来ず、佑月が顔を逸らすと、グッと顎を掴まれた。
「いっ……」
強制的に顔を持ち上げられため、顔を振るが、更に強い力を加えられてしまう。
「離せ……」
不快感を露に佑月は男の顔を睨み上げる。
「ふーん」
男は冷たい双眸で、じっくりと佑月の顔を舐め回すように見つめてきた。
「写真でもかなりのモノだったが……こうして実際に見るとやはり違うな」
「何……?」
写真という単語に眉を寄せる佑月を、男は相変わらずじっくりと見据えてくる。
「ここまで綺麗な人間を、俺は見たことがない」
男は何故か、男である佑月にやたらと甘い声とでも言うのか、鳥肌が立つような低音で囁いてきた。しかもまるで恋人にするかのように、愛でるように佑月の頬に親指を滑らせていく。
(うわ……なにしてんだよ、この男)
佑月の背中にぞわりと悪寒が走っていく。
「やめ……」
「お前を観賞用に置いておくのも悪くない」
(……観賞用? って馬鹿にされてる……よな)
男の手が緩んだ隙に、佑月は思いっきり顔を振って距離をとった。
「……それは、とても迷惑な話ですね。観賞用が欲しければ高価な宝石でも買って飾っておけばいい」
捕らわれの身のくせに、辛辣な言葉を投げる佑月にも気を悪くした感じはなく、男は佑月の横に腰を下ろしてきた。佑月は咄嗟に、ソファの端ギリギリまでに身体をずらす。
「高価な宝石など、いくらでも手に入る。だが、お前は違うだろ?」
男はスーツの内ポケットから煙草を取りだし、一本口に銜えた。すると、背後にいた男が素早くライターの火を差し出すが、男はそれを手で制し、自ら火を付けた。
「そうですね。間違ってもあんたの観賞物にはならない。それよりも、こんな無駄話をするために俺を拐ってきたわけではないでしょ」
鋭く睨 め付けたが、男は不敵に口の端を上げてから黙り込み、吸いかけの煙草を堪能し始めた。
(……おい、無言とかマジで勘弁して欲しい)
静かな部屋には、男の煙草を吹く息遣いだけしか聞こえない。それが佑月にとってはますます不安になる。そして、短くなった煙草をクリスタルの灰皿で捻 るように消すと、その瞬間に男の纏う空気が一気に変わっていった。
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