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危険な男 5

 男がゆっくりと佑月へと顔を向ける。その瞳は深い闇のようで、そこから感情を読み取るのは難しかった。佑月は息を詰め、じっと男を見据えた。 「その目」  男はそう呟くなり、一気に顔を近付けてきた。咄嗟に逸らした顔は、再び男の大きな手で顎を掴まれ戻されてしまう。 「くっ……」  息が掛かりそうな距離。近くなったことで、男からは控えめなムスクの香りがした。  男自身の体臭と、上手く調和された官能的な甘い香りは、女が好みそうな香りだ。  あまりの近さに、抗うように佑月は顔を振ってみたが、やはり強い力で阻まれ苦痛を伴うことになった。 「っ……」 「こういう状況下に置かれてもなお、屈する事もなければ、まるでこの俺を挑発するかのような目……。何故そんな目でいられる」  男の目に〝興味〟という物が浮かんでるように見える。 「十分怯えていますよ」 「そうか? そんな風には見えないが」  男は愉快そうに笑うが、言った言葉に嘘はなかった。  幼少の頃からこういった状況に置かれた事は何度もあった。監禁されたり、レイプされかけたりと幾度となく危険な目に遭い、その度に絶望の淵に突き落とされてきた。  怖くないわけがない。でもどこか佑月の中で、僅かではあるが、耐性といものが出来てしまっていたのかもしれない。 「出来るなら早く解放して欲しいですね。俺なんか拉致っても金なんかない」 「俺が金に困ってるように見えるのか?」  鼻で笑う男。  もちろん困ってるように見えない。スーツにネクタイ、腕時計、靴、身に付けているもの全てが嫌味な程に、高級ブランドのオンパレード。ただ、この男の目的が金であればまだ救いがあった。いや、実際佑月に金などないが。 「お前に金がないのは十分過ぎる程に分かってる。〝何でも屋〟の経営もあまり(かんば)しくないようだしな」 「……調べ済みってわけですか」 「ああ。お前の出身校から家族の事までも全てな」 「……」  家族という言葉に佑月の心臓はまるで杭を打たれたように、一瞬止まったかのように感じた。だが佑月は無表情を決め込む。それなのに男は、煽るように耳元に唇を寄せてきた。 「父親は早くに死に、のちに母親は再婚するが、その母親も死んだ」 「っ……」  思わず目を見開いてしまった。そんな佑月の反応に、男は愉しげに更に身を寄せてくる。 「いや、再婚じゃなくて、内縁だったか?」 (なっ……そんなことまで……) 「母親が死んだ後も、そいつは随分と面倒見がよかったそうだな」 「やめてくれ……」 ──思い出したくもない。 「なにか〝特別〟なことでも──」 「やめろ!!」  悲鳴のような声が、まるで自分の声ではないように聞こえた。  そして佑月は、男を肩で突き飛ばしていた。カッと頭に血が登り、全身が滾るように熱い。 「須藤様!」  後ろに控えていた男が、慌てて佑月の身体を取り押さえてきた。  記憶から抹消した悪夢。この男が知ってるなんてことはないはず。だけど、その誰にも触れられた事がない傷を、深く抉られた事により佑月はパニックに陥ってしまった。肩で息をし、男を睨み付ける佑月に、男はフッと笑う。 「いい。離してやれ」 「ですが……」 「二度も言わせるな」 「はっ」  仕える主人の鋭い目付きに、佑月を取り押さえていた男は素早く手を離した。

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