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絶体絶命 8
黙ったままでいると、須藤は若頭の方へと顔を向けた。目が合ったのだろう。若頭の身体がビクリと震えたのが佑月の視界に入った。
「オ、オレじゃない……アイツだ」
男は部下である中村に指を差して言う。
確かに佑月を殴ったのは中村という男だが、あっさりと部下を切り捨てるとは、呆れたものだ。
中村は完全に怯え、逃げ出そうとするが、玄関先のガードを崩す事は困難であった。手下に取り押さえられ、中村は謝罪の言葉か何かを叫んでいる。
須藤がゆっくりと腰を上げたのを見て、佑月は慌てて須藤の腕を掴んだ。
「ま、待てよ! 何をするつもりなんだ!?」
腕にしがみ付く佑月を、須藤は上から無表情で見下ろしてくる。その冷たい目を見て、咄嗟にとった自分の行動に焦った。
そのなかで、なぜ須藤が怒りを顕にするのかが分からず佑月は戸惑う。
須藤は質問に答えることなく、佑月の腕をそっと外した。
瞬間、佑月は自分の目を一瞬疑った。
「ぐはっ!」
不意討ちをつかれた呻き声。
歯の欠片、血飛沫が佑月の目の前を飛んでいく。
派手な音をたて、壁に激突した若頭の身体は、人形のようにぐにゃりと床に沈んでいった。
(う、嘘だろ……?)
無駄な動きが一切ない素早いストレート。
須藤のあんな体躯 で殴られれば、ひとたまりもない。
あの男は完全に意識を失っていた。
「なんでだよ……。俺が殴られたのに、なんであんたが……。それに……」
佑月は若頭に視線を遣る。
『どいつがやった』と訊いてきたくらいなのだから、中村が殴られると思っていた。それなのになんで若頭なんだと。
「こういうクズを見てると、虫酸が走るもんでな」
須藤は相変わらずの無表情でそう言い、煙草を口に咥えた。
確かにこのやくざはクズだ。
無抵抗の人間を、平気で暴力という最低な行為で捩じ伏せるのだから。
だがと、須藤を睨む佑月の耳に、小さく呻く声が聞こえてきた。
「ん……」
「高田さん!」
佑月は急いで高田に駆け寄り、その身体を支えて上半身を起こしてやる。
「大丈夫ですか? 今すぐ病院に行きましょう」
「だい……じょうぶ……です。ただの脳震盪です」
額を軽く押さえて顔を歪ませる高田は、どう見ても辛そうだ。
「ですが、もし何かあったら大変ですから」
「成海さん……本当に大丈夫です。それにこんな顔で病院になんか行ったら、きっと警察に通報されます……。もう……面倒事に巻き込まれるのは……沢山です……」
「高田さん……」
高田の悲痛な思いが、佑月の胸に突き刺さる。その遣りきれない思いをぶつけるように、佑月はこの場にいる者全てを睨み付けていった。
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