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絶体絶命 9
目が合ったやくざらは、何やら慌てた様子で、まだ意識の戻らない若頭を担ぎ上げた。
玄関に向かうやくざに須藤がスッと前に立つと、三人の舎弟は怯えた様子で顔を強張らせる。
そして須藤は躊躇うことなく、中村の派手なシャツの胸元に煙草を押し付けた。
「っ……」
佑月は思わず顔をしかめて、そこから視線を外す。
「俺の仕事に随分な横槍を入れてくれたもんだ。誰を相手にしたのかをしっかりと勉強し直すんだな」
「……は、はい! すみませんでした!」
一瞬で青ざめたやくざらは、逃げるように立ち去って行った──。
「あんたも変わらないくらいのクズですね」
「なに?」
佑月の発言によってその場は一気に凍りつく。須藤の手下は佑月の暴言に憤慨するが、それを須藤は手で制す。
だが、須藤の目もまた静かな怒りが籠っていた。
「な、成海さん……? ダメですよ……相手にしない方が……」
高田は焦ったように佑月の腕を掴み、懇願の目を向けてきた。
「いいえ、高田さん。ここは言わせてもらいます。今回のこの件は、高田さんは被害者なんです。何も知らされず、ただ友人から物を預かっただけなのに、そんな無抵抗と言える人間に、こんな卑劣な暴力で屈服させた。俺からしたら、あんたもあのやくざと一緒でクズじゃねぇか!」
確かにこんな恐ろしい男の相手などしたくもない。したくはないが、やはりどうしても佑月は許せなかった。
上から見下ろしてくる須藤の目に、高田が小刻みに震えているのが分かる。
「それで? 俺にどうして欲しい」
須藤の目はずっと佑月から逸らされることはない。佑月はその目を見つめ返しながらも、緊張で唾を飲んだ。
「高田さんに謝って下さい」
「なっ……」
「えっ!?」
手下と高田が同様に驚きの声を上げる。
二人いる手下は、主人の制止により我慢を強 いられている為、さぞかし苛立ちもピークだろう。だが須藤は一人、表情を変えることなく黙って佑月を見ていた。
「本当は謝って済む話じゃない。だけど、それぐらいの誠意は見せて欲しい」
これはもしかしたら、ただの自己満足なのかもしれない。こんな常識が通じるのかも分からない相手、しかも冷酷非道な男に対して、妙な正義を振りかざす。そのせいで高田が再び危険な目に遭うかもしれないのに。
だけど、自己満足だったとしても、やはりどうしてもこの男に一言言ってやりたい気持ちが上回っていた。
高田の事は自分の命に代えても守る。佑月は覚悟を決めキッと須藤を見上げた。
須藤が一歩前に踏み出す。
「な、成海さん……」
佑月は震える高田を隠すように、背後へと回した。
「言っておくけど、例えどんなに殴られようと、さっき言ったことを撤回する気はないし、殴るなら俺を──」
「すまなかった」
「っ!?」
「須藤様!?」
須藤を除く全員がまさかの台詞に驚愕する。
手下に至っては、信じられない光景でもみたかのように口を開けていた。
そして煽った本人である佑月までもが驚きを隠せずにいた。
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