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絶体絶命 12
「送っていく。乗っていけ」
高田のアパートから出たきた佑月を待っていた須藤。
(帰ってなかったのかよ……)
帰ってなかったのかと驚く佑月を余所に、須藤は自ら後部座席のドアを開ける。そしてまるで女性をエスコートするかのように、佑月の腰に手を添えてきた。
「いえ、結構です。駅も直ぐそこだし」
首を振り、須藤の手から逃れる。
「遠慮するな」
「別に遠慮をしているわけじゃないので」
これ以上あんたの傍にいたくないんだよ。とは言えずやんわりと断る。
「そうか……。これ以上言っても無駄なようだな」
もっと食い下がってくるのかと思いきや、須藤は意外にあっさりと引いた。それに、なにやら自分を見る須藤の目がやけに柔らかくて、佑月は戸惑った。
「……あ、そ、そうだ。これ……」
その戸惑いを振り切るように、佑月はスーツの内ポケットからある物を取り出した。
「これは、依頼人である高田さんが、もう必要がないと仰った物です。だから、これは俺が持ってても仕方ない物だから、あんたに預けます」
須藤へとUSBメモリを差し出す。
須藤はそれを黙って受け取ると、内ポケットへとしまう。
「最後までしっかりと仕事をするその姿勢と、責任感の強さは大したものだと思う。だがな、状況によってはそれが仇となる事を忘れるな。特にお前はもっと自分を知るべきだ」
「え……? いや……あんたに言われなくても自分の事くらい分かってるし」
「分かってないから言ってるんだ」
「……」
なぜ昨日今日会っただけの人間に、そのような事を言われなければならないのか。佑月は不機嫌な顔を隠さず、須藤を睨み付けた。
「お前のそういう顔が、逆に相手のスイッチを押すことになってるってのを、知ってるのかと言っているんだ」
「っ……!?」
突然須藤が、強い力で佑月の身体を車体に押し付けてきた。
「な……なにする……」
鼻先が触れてしまいそうになる程の近すぎる距離。佑月は必死に須藤の身体を押すがびくともせず、その上両手は車体に縫い付けられてしまう。
「やめ……」
「ほらな。お前は隙が多すぎる」
そう言って須藤が手を緩めてきたので、その身体を力一杯押し退けた。
「こんな……急にこんなことされたら、誰だって──」
「自分が男だからと安心してないか? それで今まで散々な目に遭ってきた事を、忘れたわけではないだろ」
その言葉に佑月の顔はカッと熱を持つ。
「なんであんたにそんな事を言われなきゃならない! 放っておけよ!」
どうしてこうも須藤という男は、平気で土足で踏み込んでくるのか。関係ないはずなのに、丸裸にされた気がして不愉快極まりなかった。
「放っておけるものなら、とっくに放ってる」
(なに? どういう意味だよ)
「と、とにかく、もう二度と会うこともないから、高田さんの事……医者に診せてもらえた事は感謝してますので、お礼を言わせて頂きます。ありがとうございました」
高田を酷い目に遭わせたこんな男に、礼を言うのもどうかしているのかもしれない。
しかし、酷い男だが佑月らを嵌める事は一切しなかった。その上、医者のところまで連れていってくれた。
それなりにこの男の誠意というものが、伝わった事は否定できなかった。
下げていた頭を上げると、目が合った須藤の顔は何故か不機嫌に眉が寄せられていた。
それに疑問を感じた佑月だが、もうどうでもいい事だとそれを振り払い、再び須藤に軽く頭を下げた。
「では、失礼します」
そう告げると直ぐに踵を返し、足早に駅へと向かった。
須藤が暫く佑月を見送ってから、車に乗り込むまでのその気配を背中に感じながら──。
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