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戸惑い
◇
あの一件から一週間。大きなトラブルもなく佑月らは平和に過ごしている。
高田からの依頼料の入金もあり、その確認の電話をした際には、元気そうな声が聞けてホッとしたものだった。今はもう仕事に復帰したようだ。
あのやくざ達も須藤が言っていた通り、高田の前には姿を現していないとのこと。
双子の話によると、須藤の仕事に横槍を入れた命知らずの馬鹿な組がいたと、極道界では大きな話題となっていたようだ。
その組は柿田組と言うようで、あのheavenのオーナーと繋がってたという組だった。
事の発端であるオーナーと柿田組の若頭にどのような措置がとられたのかは不明だが、オーナーは現在消息不明となっているらしい。
「佑月先輩、今日の最後の依頼は食事の同伴でしたっけ?」
「うん。午後七時って事だしそろそろ見える頃だな」
時計を確認すると五分前。
ネットからの予約で、男性からの依頼。
【J.O.A.T】は秘密厳守、プライバシーの保護に徹しているため、依頼人の名前等も偽名であることも多々ある。
ただ、偽名であっても性別の記入欄にわざわざ嘘を記入する者はいない。その男と記入した依頼人が、何故か佑月を指命してきている。
こういった依頼は時々あるのだ。1人では入れないからだとか、訳ありだとかでパートナーを努めて欲しいという依頼は。
ただパートナーなら大抵異性を選ぶ事が多い為、少し珍しかった。
「でも、なんで佑月先輩を指命なんですかね?」
デスクの上に散らばる書類を片付ける佑月の周りに、双子と花が集まってくる。
陸斗が怪訝そうに眉を寄せる。
「本当よね……ホームページには従業員の名前は入れてないし、口コミ? 成海さんの美貌はかなり有名だし!」
花がやや興奮気味に目を輝かせているが、佑月の心情は微妙なものがあった。
「お前はアホか。だったら余計に佑月先輩が危ねぇじゃねぇか……。依頼人は男なんだぞ!」
怒る海斗に花が言い返そうとした時、事務所の扉が開く気配がした。
依頼人が来たのだろう、三人は一斉に振り向き、佑月は素早く腰を上げた。
「ようこそ、いら……」
笑顔で挨拶をするも、来客を見て、一瞬で佑月の笑顔が凍り付いた。
「ふーん。狭いがなかなか綺麗だ」
事務所を訪れて来た男は、中に入ると無遠慮に事務所内を見て回り始める。男の付き人は1人、事務所の入口で姿勢よく立っていた。
「な……なんであんたが……何しに来た?」
動揺が隠しきれず佑月の声が詰まる。
陸斗と海斗も突然過ぎて声が出ない様子。
だが相手が誰であるかは、はっきり分かっているようだ。
「何しにって、依頼をしたから来たんだが?」
しれっとした態度で、勝手に来客用ソファに腰を下ろす男。
花が慌てた様子で給湯室に向かおうとするが、佑月はそれを制した。
「成海さん……?」
「いいよ花ちゃん。必要ない」
いつもと違う佑月の雰囲気に、花は息を詰め頷いた。
「依頼……ですか。食事の同伴が貴方? 何かの冗談ですよね?」
平常心を保とうと、今更ながら動揺を隠して男の傍へと足を運んだ。
「佑月先輩!」
双子は慌てて佑月を守る様に、前に立ちはだかった。そんな双子を男は無感情な目で一瞥する。
「正厘会 んとこの孫か」
「どうも、須藤さん」
陸斗がそう言うも、その目は興味なさそうに直ぐ逸らされた。
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