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戸惑い 4
今日の須藤の護衛であろう手下は珍しく一人。拐 われた時、佑月をいとも簡単に肩に担ぎ上げた口調が丁寧な男。
神経質そうな顔は相変わらず無表情で、静かに目的地へと車を転がしている。
佑月は二度目となる居心地の悪い車内で、そっと隣に座る須藤を盗み見した。
仕事の話なのか、車に乗ってからずっと電話をしている。佑月は益々今の状況が分からず、こっそり溜め息を吐いた。
忙しいのなら、なぜわざわざこんな面倒な依頼を寄越したのか。無駄な会話をしたり、妙な沈黙があるよりはマシかもしれないが。
窓の風景をぼんやりと眺めていた時、電話を終えたらしい須藤が、スマートフォンをポケットにしまっている様子が窓に映った。
長い足を組み替え、煙草に火を付ける須藤。
狭い空間である車内は一気に煙で汚染される。佑月は窓を開け、新鮮な空気を入れた。
「すまない」
「……」
須藤は謝罪を口にし、二口程吸うと直ぐに消してしまった。
その行動に少なからず驚いた。ここまで自分を気遣う須藤に、再び戸惑う。一体この須藤という男はどんな人間なのだと。
最悪な出会いだった上に、まだ三度しか会った事がない相手を理解するには難しい事だが。冷酷非道と言われる事には間違いない人間だとは思う。現にやくざらが怯えていたのを、佑月はしっかりとこの目で見た。
そして高田への暴力。だが佑月の前ではその鎧を外す。それが佑月を戸惑わせていた。
しかし考えても仕方がない。理解する必要のない相手なのだから。悶々と悩む事に馬鹿らしくなった佑月は、軽く頭を振った。
「どうした?」
須藤が佑月へと身を屈めて尋ねてきたが、佑月は窓に顔を向け答える事はしなかった。
着いたのは、赤坂の老舗高級料亭。
一見 はもちろんお断りの、政財界の人間もよく訪れるという、格式高い有名な料亭を目の前に佑月は固まった。
自分の人生では全くと言っていいほどに縁のない所だ。半ば呆然としたまま、護衛の男を含めた佑月ら三人は、用意されていた座敷へと通されていた。
しかし護衛は座敷を素早くチェックすると、直ぐに部屋から出ていった。
「須藤様、お久しぶりでございます。プライベートだとお窺いしましたが、お珍しいですね」
少しきつめの目元が印象的な美しい女将は、佑月と須藤を交互に見、にっこりと微笑む。
「気高い女王を口説くには最高の場所だろ?」
「まあ、フフ。本当にとてもお美しい方でいらっしゃいますものね」
女将は須藤のジョークに上品に笑う。
楽しそうな二人を尻目に、佑月は誰が女王なのだと須藤を睨む。
「では、ごゆるりとお過ごし下さいませ」
女将は洗練された所作で三つ指をつき、部屋を後にした。
二人きりとなった部屋。
素晴らしい日本庭園が一望でき、部屋は主張し過ぎないイ草の薫りが漂う。
「どうした? 緊張してるのか?」
須藤は先に腰を下ろし、愉快そうな顔を隠さず佑月を見上げてきた。
「……別に」
その視線から顔を逸らし、佑月は口ごもりながら向かいに腰を下ろした。
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