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戸惑い 9

「すみません! もうここでいいです。降ろして下さい」  これ以上ここにいれば自分が保てなさそうで怖いと、佑月は()く気持ちの中、控えめに車内の仕切りをノックした。 「須藤様?」  突然、後部座席の空間に、スピーカーから発したような声が聞こえてきた。どうやらこの仕切りは防音機能もあるよう。  須藤は先程と同じリモコンのボタンを押しながら「何でもない」と、すげなく運転する手下に告げる。  すると手下の「かしこまりました」が聞こえると、プツリと再びこの車内は遮断されてしまった。 「ちょ……須藤さん! お願いですから、もう降ろして下さい!」 「もうすぐなんだ。少し我慢しろ」 「女じゃないんだから、そんなにきっちり送ってもらわなくても大丈夫ですから」 「却下だ」 「……」 (この野郎……)  ここから今飛び出したら。いや、ダメだろう。確実に大ケガを負う。下手をしたら死ぬかもしれない。  あまりにも車内が静かで振動もないから、スピード感が分からなかったが、この車は結構な速さで走っている。  改めて窓の外の景色を見れば、佑月のアパートまで後数十メートルという場所まで来ていた。  佑月はやっと解放されることから、溜め込んでいた肺の空気をおもいっきり吐き出した。  そして車は滑らかに、ゆっくりとアパート前の車道に止まった。 「ありがとうございました。料金は提示した金額とプラスさせて頂くので、明日──」 「待て、連絡先を渡しておく」 「え? 連絡先なら申し込んで下さった時のがありますが……」 「あれは事務所のだ」 「……?」  首を傾げる佑月の横で、須藤は鞄から筆記具を取り出し、万年筆を走らせている。  そして差し出された紙を受け取り、メモを見ると、綺麗な字で携帯番号が記されていた。 「事務所に掛けても居ない時が多い。連絡はこっちにしてくれ」 「あ……はい、分かりました」  メモ紙を無くさないよう、佑月は鞄の中に入れる。 「では、改めて連絡させて頂きます」 「少し聞きたいんだが、そもそも何故、後払いなんだ?」  須藤は心底意味が分からないといった顔で、佑月に訊ねてくる。 「何故とは? うちはお客様に納得して頂くことを最も重要視してます。ですから──」 「納得出来なければ金はいらない。そう言いたいのか?」 「そうですね。それに近いものはあります」  依頼があった時に金額は提示するが、お客様が心から満足出来なかったら、そこから割引くといったことをしている。  それが【J.O.A.T】の方針。  佑月の返事に、須藤は呆れたように軽い溜め息を吐いた。 「慈善事業でも気取ってるのか? そんなことをしているから、いつまで経っても赤字経営なんだ」 「わ、分かってますよ……あんたに言われなくても……」  確かに過去には未払いの案件もあった。佑月のしていることは経営者としては失格なのかもしれない。

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