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戸惑い 11
「このっ……!」
唇が離れた瞬間、佑月は須藤の身体を力一杯押し退け、勢いのまま手を振り上げた。だがあっさりとその手は掴まれてしまう。
「噛まれたのなんて初めてだ」
赤く血が滲む舌をわざと見せるように舌を出し、唾液と血で濡れた唇をゆっくりと舐めていく。思わずそれがセクシーだと、本当に不覚ながらも思ってしまった自分に、佑月はショックを受けた。
「そうですか。いい経験になったでしょうが」
佑月は手をおもいっきり振り払ってドアを開けた。
「何もしないって言ったのに。あんた、ほんと最低だ」
そう捨て台詞を吐いて、佑月は後ろを一切振り返らずアパートの中へと入った。
須藤がそんな佑月を、アパートの中に入るまで見送っていたなど、もちろん本人は知る由もない──。
部屋に入った途端、佑月は手持ちの鞄をおもいっきりベッドへと投げつけた。
「何なんだあいつは! 普通男にキスするか!? 嫌がらせにしても程があるぞ!」
たかがキスだ。二十五にもなった男が、キスごときで騒ぐことでもないのは分かってる。
だけどだ。あんな顔だけの不遜 な男に、しかもディープなどあり得ない。
まだ須藤の血の味がするような口内。
完全に酔いも冷めてしまった佑月の頭の中は、さっきのキスが甦ってしまう。
「う……」
突如襲った吐き気に、佑月は慌ててトイレへと駆け込む。
「うぇ……ゲホッゲホッ……」
駆け込んだはいいが、えずくだけで吐くまでには至らない。出るのは涙ばかり。
「ゲホッ……はぁはぁ……気持ち悪……」
ブルリと全身に走る悪寒。吐き気が酒のせいでないことは分かってる。
須藤とのキスを思い出したと同時に、嫌な記憶が甦ったせいだった。
もう二度と思い出したくなかったのに。
「最悪だ……」
嫌な記憶の部分を洗い流すように、歯を磨き、口内を洗浄した。何度も何度も、歯茎から血が出るまで。
全部須藤のせいだ。あの男のせいで、思い出してしまったのだ。
もう、二度と会いたくない……須藤──。
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