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戸惑い 14
「ご依頼ですか? ならこちらでお伺い致します。って、ちょっと困ります!」
陸斗の焦った声に嫌な予感がする中、佑月の視界に入ったもの。
ピカピカと綺麗な光沢を放つ高級靴。
(最悪だ……)
「そんなところで何している。隠れてるつもりか?」
いま最も会いたくない男の低い声が、上から降ってくる。
「……な、何のことですか? ボールペンが落ちたから拾ってただけですが」
「ふぅん」
声の調子から、絶対にニヤニヤといやらしい顔をしているのが目に浮かぶ。
そう佑月は、隠れていた。
隠れるに決まっていた。 やっていることは子供のようだし、 それを本人に見られてしまったが。
それほどに佑月は会いたくなかったのだ。 それなのに、なぜ再びこの男は性懲りもなく姿を現すのか。
佑月は須藤の顔を見ないように、何事もなかった顔をして、ゆっくりと自分の机に腰を下ろした。
その時佑月は眼鏡男と目が合ったが、何故か自分に頭を下げてきた。 釣られて頭を下げてしまう自分に、アホかと言いたい気持ちだった。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか」
「訊かなくても分かってるだろう? 依頼料のことだ」
やはりそれしかないかと、佑月はこっそりとため息を吐く。
「依頼料?」
陸斗と海斗の訝しむ声が聞こえ、佑月はギクリとする。
双子は既に終わった件だと思っている。 それなのに須藤が現れ、依頼料などと言えば変に思うに決まっている。
「そのことなら、こちらからお電話すると申し上げました。わざわざ足を運んで下さらなくても……」
「その電話を待っていたんだが? もう三日経つ」
「……」
須藤の言うことは正しい。 しかも自らわざわざ支払いで足を運んでくれた。 本来なら丁重に扱わなければならない客だ。
だけど、どうしても佑月は素直になれないでいた。 あんなキスなどされて、嫌な思いをさせられた相手に、大人な対応が出来る程、人間出来てないと内心で言い訳をする。
しかも須藤の平然とした態度が腹が立つ。 須藤にしてみれば、キスなど遊びの一環としてしか思っていないのだろうが、こちらはそれで気分が悪いのだ。
佑月はここでやっと、傍らに立つ須藤の顔を見上げた。相変わらずいいネクタイにいいスーツを身に付け、色気漂う男。 その口元を思わず見てしまい、佑月は咄嗟に目を逸らした。
「佑月先輩、どういうことですか? 依頼料って?」
陸斗が須藤を睨み付けてから、佑月に答えを求めてきた。
「あぁ……えと、俺としたことがすっかり料金のことで電話するのを忘れててさ……」
アハハと乾いた笑いで、佑月は机の上に置きっぱなしになっていた紙切れを、慌ててスーツのポケットに捩じ込んだ。
さっきまで電話をするかしないかで悩んでいた元凶の、須藤の携帯番号が記されたあのメモ紙だ。
「ほぅ……忘れていたのか?」
須藤の声に顔を上げてみれば、須藤は今の行動を一部始終見ていたのだろう、ニヤリと口の端を上げていた。
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