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Wednesday

◇  水曜日と言えば週のど真ん中。  仕事などで身体に少し疲れが溜まる時期。  いつもの佑月なら早く家に帰っている。残りの日を乗り切る為に体力温存とばかりに、晩酌しつつゆっくりと過ごすことが日課だ。  なのにだ。 佑月は今、その安息の時間を奪われていた。 佑月の隣に座ってる男によって。  高級ブランドのスーツを身に纏い、腕にはキラリと光るパテックフィリップの腕時計。  最低でも五百万はすると言われる、世界最高峰の腕時計。 そんなものを当然のように身につけている男は、裏社会でも顔が広いとされている危険な男。  女にも一生困らないほどの美貌に、気品もある。 金、権力、容姿全て揃った男は、ロックグラスを傾ける姿も様になっている。  こんな男の隣に座っていると、自分が可哀想になってくると、佑月は悔しさにカクテルグラスを一気に傾け、琥珀色のミスティを喉に流し込んだ。 「成海。また無茶な飲み方をするな」 「うるへー」 「ほら、みてみろ。呂律も怪しい」  須藤は佑月のグラスを奪うと、マスターにストップを勝手に掛けてしまう。 「なんだよ……あんたが……悪いんだろ」 「何を拗ねてるんだ」  須藤は女にするように佑月の頬を撫でてくる。 佑月は「やめろ」と、その手を直ぐに叩き落とした。 こんな態度でも、須藤は怒ることをしない。むしろ優しく目を細めて佑月を見てくる。 それが居心地悪くて、佑月は目を逸らしてしまう。  須藤との食事での、あのゴタゴタから一ヶ月。 弱みを握られ、食事に誘われた初日の水曜日から、須藤は何かと脅迫めいた事を言って、毎週水曜日には佑月を食事に誘ってきた。 その度に双子を誤魔化すのに苦労したものだ。  初めの頃は、本当に嫌で嫌で仕方なかった。 ベタベタ触ってくるのは当たり前、その上女扱いされるわで腹は立つ。 だが、てっきり情人扱いをするものだと佑月は思っていた。それなのに、須藤はあの日以来キス一つしてこないのだ。  だからか、ただ食事をするだけに、変に意固地になるのは疲れるだけだと思った佑月は、考えるのを諦めた。諦めると、結構気持ちが楽にもなる。 とは言え、ムカつく事の方が多いが。 「どうぞ成海さん」  四十代後半くらいの渋い男前のマスターは、佑月の前に水が入ったグラスを置いた。 「あ、すみません……ありがとうございます」  お礼を言えば、マスターは柔和な笑みを佑月に向けてくれた。  大人だけが訪れるといった雰囲気のbarは、ピアノの生演奏が静かに流れ、上品な空気に包まれている。 調度品も厳選しているのが分かるくらい、こだわりが見てとれた。 自分には分不相応すぎて、一人では絶対に入れない。  そんな大人barは、須藤の行きつけのようで、カウンターに座るや否や、須藤はマスターに佑月を紹介した。 須藤が人を紹介するのが初めてだったのか、マスターは心底驚いていた。

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