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Wednesday 2

 だが直ぐに優しげなシワを刻み、マスターは嬉しそうに微笑んだ。  ここだけでなく、須藤は何故か訪れる各店に、プライベートだと言って佑月を紹介していった。  その度に店の者は皆、一様に驚いていた。  須藤の意図がどういう事かは分からないが、自分が須藤の情人(いろ)と見られていそうで不愉快だった。 何故なら、どう見ても自分は須藤の友人には見えない。 「でも本当に驚いたなぁ……」 「え……?」  不意にマスターはグラスを拭いていた手を止めて、佑月たち二人に視線を向けてきた。 「(じん)がプライベートで誰かを連れてくるなんて初めてだろ? しかも紹介までしてくるんだもんな」 「そうだったか?」  フッと須藤が笑い、口から紫煙が吹き出される。 灰皿へと伸びた手は、煙草の灰を落とす。 その指が綺麗だなんて、ぼんやりとしながらも思ってしまった佑月は焦った。 「そうだろ。昔から仁はプライベートな顔を誰にも見せる事はなかった。それがなんだ、緩みっぱなしじゃないか。他の奴が見たら、さぞ驚くだろうな」 「中村さん、今日はやけに饒舌だな」 「そりゃあ、こんな美人なんてなかなか拝めないからな。自ずとテンションも上がるさ」 「惚れるなよ?」 「あはは。俺もまだ長生きしたいからな」  愉しそうに話す二人の会話の内容はともかくと、佑月はこっそり須藤を盗み見した。  マスターの前では、須藤は幾分寛いで見える。 お互いをよく理解している相手なのだろう。 マスターも須藤を下の名前で呼んでるくらいなのだから。  何だか須藤の一部分を垣間見た気がして、佑月は妙な感じがした。 「どうした成海。気分でも悪いのか?」 「へ?」  突然須藤に顔を覗かれ、佑月は間抜けな声を出してしまう。慌てて取り繕うも、須藤に笑われるという失態。  どうしたら須藤の余裕の態度を崩せるのか。 須藤のあたふたした姿を見て、一度は笑ってやりたいものだ。 「あのぉ、そろそろ帰りたいんですが……」 「もう少しつき合え」 「……つき合えって、酒取り上げたのあんただし」 「あぁ……そうだったな」 (そうなんですよ。 何が楽しくて水をちびちびしなくちゃいけないんだ)  しかも相変わらず、まともな会話は成り立ってなどないのに、須藤は何が楽しいのか。 理解に苦しむ。 「あんたも明日仕事あるんでしょ? 早く家帰ってゆっくりすればいいのに……」 「なら、今から俺の家に来るか?」 「……行くわけないでしょうが」 「なんだ残念だな」  ニヤニヤしながら言う須藤を佑月は軽く睨んだ。 須藤の家になど行った日には、絶対無事では済まないはずだ。  色々と失うものが大きすぎるだろう。

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