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Wednesday 4
「うぅ……ん」
須藤の舌の侵入を許してしまい、佑月の逃げる舌はいとも簡単に絡め取られる。
深くなるキスによって、不意に脳裏に浮かぶもの。
──やめてくれ。 せっかく……忘れようとしたのに……
「……っ」
次々とフラッシュバックしていく記憶に、佑月の身体は強張り、酸素を求めてもがいた。
『……き』
『……佑月』
──やめて……お願い……。
『佑月』
──やめてよ……──さん!!
「──るみ、おい」
「っ!」
不意に頬に走る僅かな痛み。
濡れた唇に空気が触れ、佑月の身体はゾクリと震えた。
「……須藤……さん?」
「あぁ」
須藤は佑月の頬を撫でながら、怒ってるような、それでいて苦しんでるような……何とも複雑な表情で佑月を見つめていた。
「成海、俺を見ろ」
見てるよとは言わず、佑月は何故か黙ってそのまま須藤の目を見据えた。
「いいか、成海。俺とのキスで余計なことを考えるな」
「余計──」
反論しようとすれば、須藤の唇がそれをふさいでしまう。
「俺のことだけを考えろ」
「何言っ──」
須藤は啄むようなキスを繰り返しては、佑月に喋る間を与えない。
「俺が〝それ〟を塗り替えてやる」
「や……」
勝手なことを言ったと思えば、今度こそ須藤は佑月の口内を貪るように、深く舌を絡ませてきた。 抵抗すればするほど深くなる。
悔しいが、この時はムカつく須藤のことで頭の中はいっぱいだった。 あの不快な記憶が徐々に薄れていく感覚。
そして相変わらず巧みなキス。舌の裏筋をなぞられた時には、佑月の腰には力が入らなくなる。いつしか、須藤を引き剥がそうとしていた佑月の手は、縋るように胸元のスーツをギュッと握りしめていた。
クチュリと時折漏れる水音。 お互いの荒い息遣いが、狭い空間ではより鮮明に聞こえる。
本当は嫌なはずなのに、頭の片隅では必死に抵抗している自分がいるのに。
なぜ本気で抵抗しない。 こんな決定的な事をされているのにも関わらず。
やがて長いキスの終わりを告げるように、須藤は佑月の唇を最後に舐めていく。 それを拒む佑月は、須藤の胸板にグイっと手を突き離れた。
「何なんだよ……。俺のものだとか、逃がさないとか勝手言ってくれてるけど……俺はあんたの情人 になんてならないからな!」
「情人?」
須藤が心外そうな顔を見せる。
その頃、車は静かに佑月のアパート前に止まった。
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