56 / 444

Wednesday 5

「だってそうだろ? さっきあんたが言ったことと、今のことで決定的じゃないか」 「ただの情人に時間を費やすほど、俺は暇じゃない。お前がもしそうなら既に抱いている」 「……え?」  どういうことだと、困惑に眉を寄せる佑月に、須藤は心底に呆れたような顔を見せてくる。  何であんたにそんな顔をされなくちゃならないと、佑月としては余計に腹も立ってくる。 「だったら、なんで……キ、キスなんて……するんだよ。そんなに俺に嫌がらせをして楽しいですか」 「嫌がらせ? 何故そうなる」 「嫌がるのを無理やりしてるじゃないか!」  怒鳴る佑月の手首を再び須藤に掴まれてしまう。 「離せよ!」  佑月の叫びは、当然のようにスルーされる。 「早く慣れることだ」 「慣れません!」  一体どんな思考回路してるのか。  愕然とする佑月に須藤は、何かいやらしい表情を見せてきた。 「な、なんですか……」  警戒する佑月に須藤は身を寄せてくる。 逃げたいのに、如何せん限られた空間の車内では、到底ムリな話だった。 「満更でもなさそうだったがな」 「なにが……」  耳元で囁かれる低音。  須藤の声は妙に腰にくる。 「腰が揺れていた。感じていたんだろ?」 「っ!」  空いてる片方の手で、須藤は佑月の腰を撫でてきた。 ゾクリと何かは分からないものが、全身を走り抜けていく。 「んなワケないでしょ! 自惚れるのも大概にしろよ」  慌てて佑月はその手を払い除けて、インナーハンドルを握ってドアを開けた。  その行動が肯定しているのだと思われても仕方ないと、後悔しても遅かった。  手を引っ張られた瞬間に見えた須藤の目は、何でも見透かしているかのように笑っていた。  再び素早く奪われる唇。  押し付けられただけの唇が離れた瞬間、佑月は須藤の頬にビンタを食らわせいた。  乾いた音が響く車内。  須藤なら簡単に(かわ)せたはず。  自分でやったことなのに驚く佑月に、須藤は顔色一つ変えず「気が済んだか?」と訊いてくる。 「……」  それに答えず唇を噛み締める佑月の手は、じんじんと痛んでいた。 「そうやって、俺のことだけで頭の中をいっぱいにしておけ」  そう言うと須藤は、元の位置へと席をずれ、もう佑月には興味がなくなったかのように書類に手を伸ばして、再び目を通し始めた──。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!