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Wednesday 5
「だってそうだろ? さっきあんたが言ったことと、今のことで決定的じゃないか」
「ただの情人に時間を費やすほど、俺は暇じゃない。お前がもしそうなら既に抱いている」
「……え?」
どういうことだと、困惑に眉を寄せる佑月に、須藤は心底に呆れたような顔を見せてくる。
何であんたにそんな顔をされなくちゃならないと、佑月としては余計に腹も立ってくる。
「だったら、なんで……キ、キスなんて……するんだよ。そんなに俺に嫌がらせをして楽しいですか」
「嫌がらせ? 何故そうなる」
「嫌がるのを無理やりしてるじゃないか!」
怒鳴る佑月の手首を再び須藤に掴まれてしまう。
「離せよ!」
佑月の叫びは、当然のようにスルーされる。
「早く慣れることだ」
「慣れません!」
一体どんな思考回路してるのか。
愕然とする佑月に須藤は、何かいやらしい表情を見せてきた。
「な、なんですか……」
警戒する佑月に須藤は身を寄せてくる。 逃げたいのに、如何せん限られた空間の車内では、到底ムリな話だった。
「満更でもなさそうだったがな」
「なにが……」
耳元で囁かれる低音。
須藤の声は妙に腰にくる。
「腰が揺れていた。感じていたんだろ?」
「っ!」
空いてる片方の手で、須藤は佑月の腰を撫でてきた。 ゾクリと何かは分からないものが、全身を走り抜けていく。
「んなワケないでしょ! 自惚れるのも大概にしろよ」
慌てて佑月はその手を払い除けて、インナーハンドルを握ってドアを開けた。
その行動が肯定しているのだと思われても仕方ないと、後悔しても遅かった。
手を引っ張られた瞬間に見えた須藤の目は、何でも見透かしているかのように笑っていた。
再び素早く奪われる唇。
押し付けられただけの唇が離れた瞬間、佑月は須藤の頬にビンタを食らわせいた。
乾いた音が響く車内。
須藤なら簡単に躱 せたはず。
自分でやったことなのに驚く佑月に、須藤は顔色一つ変えず「気が済んだか?」と訊いてくる。
「……」
それに答えず唇を噛み締める佑月の手は、じんじんと痛んでいた。
「そうやって、俺のことだけで頭の中をいっぱいにしておけ」
そう言うと須藤は、元の位置へと席をずれ、もう佑月には興味がなくなったかのように書類に手を伸ばして、再び目を通し始めた──。
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