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Camouflage 6
「……すみません。ただどうしても納得出来なくて……」
頭を下げる陸斗に佑月は首を振った。 謝るのは自分だと。
だがやはり、須藤とのことを陸斗らに知られてしまうのは避けたかった。 もし双子に知られたら、きっと二人は黙ってはいないはずだからだ。
そして須藤との間に揉め事などおきたら、陸斗らの親も黙ってはいないだろう。
そんなことになれば、凄惨な地獄絵図を見ることになるかもしれない。
大げさかもしれないが、それほどまでに須藤たちの世界はシビアなのだ。
完全に納得出来ずにいたみたいだが、陸斗は海斗と花に無理やり連れられ、帰って行った。
佑月は一人書類を片付け、パソコンの電源を落として、暫くソファで放心していた。
ここ最近、色んな事で神経をすり減らして疲れていた。全ての元凶はあの男なのだが。
「さて、早く家帰って、風呂入って寝るか……」
ソファから立ち上がる時「よいしょ」とか言ってしまって凹む。
「ヤバ……オッサンだな」
須藤なら絶対言わないだろう。
想像すら出来ない。
「って、なに須藤のこと思い出してんだよ。 最悪……」
事務所から出て鍵を掛けているとき、スーツの上着のポケットに入っているスマホが震えた。
「……電話? 」
スマホを取り出し、画面を見てみたが、知らない番号に佑月は首を傾げた。
もしかしたら、依頼客かもと通話をタップする。
「もしもし?」
『俺だ』
「……」
分からないから黙っているわけではない。 分かりすぎて固まってしまった。
『聞こえてるのか?』
「は……? え……なんで俺の番号……」
『それを俺に訊くのか?』
愉快そうに笑うムカつく男。
日本の個人情報保護はどうなってるんだよ! と、訴えたところで相手がこの男では諦めるしかないのは分かってる。
「……勝手に人の番号調べるとかやめてくださいよ。それで? 一体何しに電話なんてしてきたんですか」
不機嫌な事を隠す必要もない相手。 声の調子もそんなものだから、端から聞いたら佑月の方がよっぽど性格悪い男に見えるだろう。
『お前の声が聞きたくなってな』
「……切りますよ」
耳からスマホを離して終了をタップしようとした時、『待て』と制止の声が。
切ってしまえばいいのに、何故か佑月はスマホを耳に戻していた。
「……何ですか?」
『今日は行けなくて悪かったな』
相変わらずいい声をしている。 電話越しなど、耳元で囁かれてるようで腰がむず痒くなる。 だが、何か須藤の様子がおかしい気がした。
『用件はそれだけだ』
「……え?」
『気を付けて帰れ』
それだけ言うと切られた通話。
「……」
別に水曜日は約束をしている日ではない。 須藤が勝手に来て、佑月を連れ回しているだけだ。
それなのに、わざわざ行けなかった事を謝るなどどうかしている。
だけど、何かは分からないが、須藤から少し違和感みたいなものを感じた。
声の調子はいつもと同じように柔らかいのに、ピリピリと苛立ちのようなものが含まれてた気がする。
通話時間も一、二分掛かったか掛からなかったくらいの、数分で終わらせてきた。
自分の用件だけ言って、佑月と会話をする気が元々なかったかのような。 仕事で何かあったのかは知らないが、忙しい合間を縫って掛けてきたようだ。
「はぁ……なんで俺はまたあいつの事を考えてるんだよ……。どうでもいいだろ? もう会わないんだから。さ、帰ろ帰ろ」
誰に言い訳をしているのか。その独り言は、静かな雑居ビルの廊下ではやけに大きく聞こえた──。
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