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Mission 2

 佑月の睨みに気付いても、男は愉快そうにニヤリと笑うだけ。 これは一筋縄ではいかないかもしれない。 「お前、身の丈に合ったって言葉知ってるのか? どうも信じらんねぇんだよな。妙によそよそしいしよ」 「……まだいま会ったとこでしょ? それに、ここは公共の場だよ。場所くらいわきまえるのが普通でしょ」  松本がそう言うも、男はフンと鼻で笑う。  そしてスーツの胸ポケットから煙草を取り出して口に咥える男に「ここは禁煙ですよ」と教えてやると、男は舌打ちをして煙草を戻した。 「こんな女どもが来るような場所指定しやがって」  忌々しそうに吐き捨て、男は松本をギロリと睨む。  お昼のピーク時も終わって客もまばらだが、ほぼ女性客で占められている。  これも一つの作戦のうちだ。 こういう場所なら、もし逆上しても、声を荒らげる事はしにくいはずだからだ。 「それで、佑月とか言ったか?」 「成海です」  すかさず佑月が名字を教えると、男は不満そうに眉を寄せる。  こんな男に馴れ馴れしく、下の名前で呼ばれたくない。 「ふぅん、成海ね。で、佑月、こいつのどこが良かったワケ?」 (この男……)   わざと不快な思いをさせて喜んでいる。 その証拠に、ニヤリといやらしく口角を上げていた。  初対面である佑月がこんなにも不快になるのだから、松本の心労は相当だったはず。  それにずっと耐えてきたと思うとやりきれない。 こんな男とは、早くきっちりと別れさせてやりたい。 「どこが良いか? でしたよね。もちろん学くんはとても思いやりがあって、一緒にいると温かくてホッとするからです。だから付き合おうって言われた時は……」  芝居だが、妙な気恥ずかしさで、救いを求めるように上目遣いに松本を窺った。  だがその松本はと言うと、少し驚いたように僅かに目を見開き、サッと佑月から目を逸らしてしまった。 (あれ? マズイ……何か失敗したか? )  焦りつつ、取り繕おうと視線を上げた時、目が合った男はハッとしたように咳払いをした。  その頬がなぜか少し赤い。 (なんでこの男が赤くなるんだよ) 「フン……思いやりね。こんなうじうじと優柔不断な男に惚れるなんて信じられねぇな。だいたい、どっちが〝タチ〟なんだ? 学は典型的な〝ネコ〟だ。おれからしたらどっちもネコだろ」  また男も取り繕うように揶揄し、佑月たちを交互に見てニヤリとする。  ネコは確か女役の方。  松本にゲイの基本用語とでもいうのか、丁寧にレクチャーはしてもらった。  ちょっと赤面してしまうような事を、熱く語る松本の意外性には佑月も驚いてしまったが。 「そんなの、吾郎には関係ないでしょ? オレらのプライベートなことまで喋る気なんてないから」 「なに怒ってんだよ。別に隠す事でもねぇだろ? 内容を教えろって言ってるワケじゃねぇんだし。隠されると余計怪しいんだよ」  果敢にも猛獣……もとい、吾郎に挑むも呆気なく返り討ちに遭い、松本は押し黙ってしまう。 (大丈夫だろうか……)

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