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Mission 7
仕事は定時の二十時に終わり、電車に十分ほど揺られ、自宅の最寄り駅に到着した。
馴染みのホームへと佑月は足をつける。
コツコツと家路に急ぐ靴音を聞きながら、佑月は空を見上げた。
夜の帳 が下りた空では分かりにくいが、湿気を多く含んだ空気に、自然と足が前に出る。
言っている間に降り出しそうだ。 傘を持っていないため降られると厄介だが、佑月のアパートは駅から五分も掛からない場所にある。走ればセーフだ。
夕食に何か買おうとしていたコンビニも素通りし、歩きながら佑月は先ほどの双子の話を反芻していた。
双子が言うには、意図的に須藤の仕事を邪魔をするために、取引相手が殺されたと周りは見てるらしい。
須藤が運び屋に託した依頼物も、須藤の元に戻ることになり、運び屋も運び屋で仕事が全う出来なかったと文句を言っていたそうだ。
須藤ももちろん仕事を邪魔をされたわけだ。 黙っているはずはない。
だが、人が一人殺されたというのに、運び屋もそうだが、須藤も自分の都合しか考えていない。
人の命がどうなろうと関係なく、仕事の邪魔をされることの方が問題なのだ。
非道な男だと分かっていたことなのに、最近では当たり前のように会っていた須藤の姿しか、見てなかったことに佑月は気付いた。
佑月の前では無防備に、纏う空気も柔らかく、普段無表情のくせして時折見せる目も優しげだ。
そんな須藤しか見てなかったからか、佑月の中で僅かながらもショックを受けてる自分がいた。
「俺も随分と須藤にほだされていたんだな……。なにやってんだ……俺は」
つい、ぼやきがこぼれてしまう。
そもそも、須藤の真の顔を知ってる者などいるのだろうか。 あの男が唯一寛げるような相手とか。
命も危ぶまれる世界に身を置く裏社会の実力者。 本来なら絶対に関わることもない人間。
常に気を張っていて、誰にも弱味を見せることはしない。 そんな男が、今では一方的に佑月に関わってきているが、それは須藤が佑月を所有物として見てるからだろう。
barのマスター中村が、あの時の須藤をプライベートの顔だとか言っていたが、佑月にはその様には見えなかった。
ただ、気を張るような相手でもない所有物 だからだ。
「て言うか、今さら須藤の素顔を知ったところで、どうなるって話だよな」
どう考えても住む世界が違うのだ。 自分が考えるべきなのは、どうしたら須藤から逃れられるかだ。
アパートに着いた頃、ポツポツと頬に当たる雫。
佑月はここ最近の習慣と言っていいほどの、今しがた歩いてきた道を振り返っていた。
住宅街だけに、この時間帯は人通りがほとんどない。
暗い夜道を目を凝らして見据える。
「……」
そこはいつもと変わらない景色が、佑月の目には映っていた──。
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