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Trap 2

 背が高く、佑月を見下ろすように立つ、松本の元カレ吾郎がそこにいた。  佑月が思っていた通りに姿を現した。 「ふうん……本当にデートなんてしてんだな」 「どういう意味ですか? 普通付き合ってたらデートはするもんじゃないですか?」 「まぁな」  吾郎は馬鹿にしたように嫌な笑みをする。  実は松本とのデートは今日で三日目。  その三回のデートに、この男の姿を毎回見掛けていた。佑月らに声を掛けることはなく、遠くで雑踏の中を紛れて歩いて、そのままいなくなる。  だけど毎回デートする場所は違うというのに、吾郎は必ず現れていた。ストーカーをされてるのではと、松本に訊ねたが、それはないときっぱり言い切っていた。 きっと本当に付き合ってるかどうかを確認してるだけだと。  それならこの作戦は成功と言えるが、毎日となると心配にもなるし、不信感も増していく。 「それにしても、偶然にしては昨日も一昨日もお見かけしましたが、まさか尾行してたんじゃないですよね?」  こういう繊細な事を単刀直入に訊くのは普通は好ましくない。 だけど敢えて佑月は訊ねた。 「尾行? 誰を尾行すんだよ」 「誰って、松本さんしかいないでしょ?」 「プッ、あはは! おれがあいつを? 何でストーカーみたいな真似しなきゃなんねぇ」  案の定、吾郎は動じることをしない。 「じゃあ、なぜ──」 「言っておくがな、おれはもう、アイツのことなんてこれっぽっちも興味ねぇんだよ。今は新しいモノしか目に入らねぇからな」 「……そうですか」  そう佑月は口に出してみるものの、猜疑心を捨てられず吾郎の目を見据えるが、少し分かりにくい。 嘘は言ってないようだが。 「ま、そっちが信じなくても、学より面白いモノ見つけたおれにとってはどうでもいいけどな。ま、幸せにやれや」  にべもなくそう告げると、吾郎は直ぐに立ち去って行った。 (なんだろうな……やっぱり何か引っ掛かる) 「佑月……ごめんお待たせして」  吾郎が立ち去った景色を見ていた佑月に、申し訳なさそうな小さな声。佑月は振り返って松本に首を振った。 「いえ、大丈夫です。実は今……」 「はい……知ってます。姿が見えたので、その……隠れてました」  もう来ないだろうと判断したのか、松本に敬語が戻っていた。 「その方が良かったです。もう、これからは大丈夫だとは思いますが、会わない方が良かったでしょうから」  周囲を見渡してから松本に視線を戻すと、初めて会ったときから巻かれてる首元の包帯に目が行った。気にはなったが、それは触れてはならないモノだと、佑月は直ぐにそこから視線を外した。 「相手はもう松本さんに関わらない事を私に伝えてきたんですが、どうされます? まだ心配事があるなら遠慮なく申してください」 「はい、ありがとうございます」  松本の口元がゆっくりと上がる。 「でも、もう大丈夫だと思います。これも成海さんのお陰です」  眼鏡の奥の目も線のように細くなり、花が咲いたような笑顔で松本は佑月に頭を下げる。  佑月はそれをただ黙って眺めていた──。 「もしもし、陸斗? 今から帰るね」 『はい! 迎え大丈夫ですか?』  これも三回目のやり取り。 いつも陸斗はそう訊ねてくる。 「大丈夫だよ。十六時半過ぎには帰れると思うから」 『はい、分かりました。気をつけてくださいね!』 「うん、ありがとう」  佑月はそんな陸斗の声を聞きながら、どこかホッとしたように息を吐いた。  帰ろうかと歩き出す前に、佑月は背後に顔を向けた。 「……」  最近、何かが気になった。神経過敏になってるのかもしれないが。自然と溜め息が出ながらも、事務所へと帰るべく足を前に出した。

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