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Serenity

◇ 「ん……」  意識が覚醒していく感覚で、佑月の重い瞼はうっすらと開いていく。視界に広がるのは、見たことのない部屋。先ほどのホテルではないようだが。 「う……」  驚くほどに重くて怠い体。喉も少し痛い。ゆっくりと身体を起こして、佑月は周りを見渡した。  黒で統一されたシックな部屋。無駄な家具はなく、この一部屋だけで、佑月のアパートの部屋が何室入るんだという程の広さがある。  ベッドもキングサイズなのか、やけにバカでかい。しかも佑月の着衣までもが違うものに。滑らかな肌触りが気持ちいい、高級そうなシルクの寝間着。  サイズがピッタリなのは何故なのかと、疑問が浮かぶ。それに身体までもが綺麗になってるようで、佑月が確認しようとパジャマの上を捲った時、部屋の扉が開いた。 「気がついたか」  部屋に入ってきたのは、当然と言うべきか須藤。でもその格好は、湯上がり全開のバスローブ姿だった。いつもは綺麗にオールバックに整えられてる髪も、前髪が下りているだけで雰囲気が全然違う。  鼓動が僅かに跳ね、佑月は思わず目を逸らしてしまった。須藤は真っ直ぐ佑月の元へと来ると、ベッドへ腰をかけた。 「あ……の……ここは?」 「俺の部屋だ」 「須藤さんの……?」  窓の外を見ると、都内の素晴らしい夜景が広がる。一軒家でないことは明白。  須藤の住むマンションに、まさかこんな形で来ることになるなど、少し複雑な気分だった。 「あぁ。あそこはベッドもドロドロだったからな。スーツも悪いが処分したぞ」 「……う……ドロドロ……すみません」  自分の醜態を思い出したと同時に、ふと記憶にない部分が不安になった。 「なんだ? 何か言いたげだな」  須藤はベッドへと上がると、佑月の腰を抱き寄せる。 「それは……って、ちょっと離して下さい……」  グイグイと須藤の大きな身体を押してみるが、まだ力が出ずに徒労に終わる。 「言っておくが、あんな薬を使った状態のお前には、あれ以上のことはしてないぞ。ヤってもつまらないだけだしな。ヤるなら素面(しらふ)の時じゃないと意味がない」 「え……?」  佑月から少し離れた須藤が、何処からともなく出した煙草を口に咥えるのを、佑月は呆けた顔で凝視した。 「なんだ、それを気にしてたんじゃないのか?」 「……そ、そうだけど」  フッと大人の笑みを向けられ、不覚にも心臓が跳ねた。普段無表情のくせして、時々こうして表情を崩されると、どうにも落ち着けない。  確かに佑月の覚えている限りでは、あの時の須藤はセックスを目的とした触れ方ではなかった。耳にはキスをされたが、口には一切触れてこなかったし、上半身にも愛撫というものをしてこなかった。  ただ純粋に、佑月の精を吐き出す事だけを目的として、須藤は地獄から解放してくれた。 「あの……」 「ん?」  (くゆ)る紫煙を目で追う佑月を、須藤はじっと見つめている。 「その……ありがとうございました」  頭を下げた佑月に、須藤はポンと佑月の頭に手を置いた。そっと佑月が顔を上げると、須藤はグシャグシャに頭を撫でてきた。

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