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Serenity 5
「だがその期間、こっちはトラブルがあった。お前と会う時間さえもないような。その間にお前に何かあっては困るからな」
取引先の人間が殺されたという件のことだ。それで心配して見張りを。
正直、自分の知らないところでずっと見られていたなど、いい気はしない。だが、そのお陰で佑月は最後までヤられなくて済んだ。
一般人とやることのスケールが違いすぎて、戸惑うなと言われる方が無理な話だが、感謝しなくてはならないようだ。
須藤の手が、少し気の緩んだ佑月の頬を軽く撫でていく。自由になった佑月の手は、抵抗を忘れたかのように微動だにしなかった。
「で、今日だ。女のマンションからお前が慌てて出てきて、そのままホテルに向かったと連絡が入った」
「……それだけでわざわざ忙しい合間を縫って、事務所に電話かしたんですか?」
「あぁ。お前の慌てぶりが普通じゃないと言われれば、何があったかは事務所に電話した方が早いだろ? お前に電話してもどうせ出ないだろうしな」
(ご名答……)
あんな時に須藤から電話があったとしても、佑月は絶対に出なかっただろう。
「成海。一応訊くが、依頼してきた奴らと面識は?」
「俺はないです。だけど、今までの依頼でその関係者とか言われたら分からないですけど」
「なるほどな」
須藤はそう答えると、ようやく佑月の上から退くように、隣へと身体を横たえた。
「依頼を寄越してきたのは眼鏡の男だろ?」
「はい。松本 学と名乗ってましたが……」
「ふぅん」
何か心当たりでもあるかのように、考える仕草を一瞬だけ見せた須藤。でもそれはほんの一瞬で、直ぐにいつもの読めない無感情の顔に戻った。
「ま、今回は金にならないわで、お前にとっては痛い仕事だったな」
「須藤さん……何か知ってるんですか?」
須藤の軽口は流して、身体をゆっくりと起こした佑月は、上から須藤を見下ろした。
「何か、とは?」
面倒くさそうな口振りで須藤も身体を起こす。
「俺を助けに来てくれた時、あの二人を探すようあんたの部下に指示してたでしょ? そもそも見つけてどうするつもりなんですか?」
「さぁな」
「須藤さん!」
須藤のバスローブの襟首を掴んで声を荒らげる佑月だったが、再び須藤によって押し倒されてしまう。
「ちょっ……」
(今日何度目だ、これ……)
「心配してるのか? あんな酷いことされたくせに」
「そうじゃないけど……」
「だったら何だ」
須藤の低い声。怒りのこもった目を向けられるのは正直怖い。
だけどここで逸らしたら負けたも同然になってしまうと、佑月は乾いた唇を舐め、闇のような漆黒の瞳を見つめ返した。
「こんな言い方するのもあれだけど……あんたは、真っ当な世界で生きてる人間とは言えないだろ? 捕まえて大人しく警察につきだすような、そんなぬるい事をあんたがするとは思えない」
下手をしたら命までもと思ってしまう。
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