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  朝からなにも口にしていなかったことと、雪梅とのセックスで、そして、感情のまま泣いたせいで身体も心も頭も疲労困憊だったようで、僕はそのまま書斎の床で眠ってしまっていたようだった。 肌寒さで目を覚ました僕は、おもむろに起きあがろうとした。だが、身体を起こそうとするも身体が重くって、指先ひとつ動かせれなかった。声も泣いたせいでまったくでなかった。 書斎に差し込まれる日の高さからもう夕暮れが近いことが解る。そう解るが、身体がコレでは雪梅との約束を守ることができない。 いや、ソレよりも約束の場所にいったら、僕は雪梅に捨てられるかもしれないのだ。印綬がどこにもないということはそうだとしか考えられなかった。そう考えるとまた悲しくなって、ボロボロとまた涙が溢れてきた。 窓からみえる景色がやたらぼんやりして、雪梅とのおもいでが次から次へと流れてくる。よりにもよって、雪梅との楽しかったおもいでばかりがおもいだされて、なおさら、涙が溢れて止まらなかった。 ひくひくと涙を溢しながら泣いていたら、書斎のドアが開いた。ソコには呆れる顔の執事長がいて、執事長は泣いている僕などお構いなく、僕を横抱きに担いで車に乗せた。服や顔は涙でぐちゃぐちゃで約束をした場所には不似合いなのに、執事長はその儘僕をあの店まで運ぶのだった。 車内からこのいち年で見慣れた景色が流れるように視界に入ってくる。ソレがまた僕の涙腺を緩めて僕は鼻水をすするように泣く。泣いてもなんの解決にもならないのに、僕はひたすら泣いた。執事長はバックミラーでさえ、僕をみようとしない。いつもの通常運転で、僕は悲しくなった。 ティッシュペーパーやハンカチさえ差しだしてくれない執事長が僕を嫌っているのは、最初から解っていたこと。だけど、こういうときくらいは慰めてくれてもイイのにと僕は思った。だが、ああいう場所で生まれた僕が悪いのだ。そう、もとから僕たちは生きる意味が大きく違うのだ。だが、こうもはっきりと線引きされると、僕というモノの価値がさらにないように思えて物凄く虚しい気持ちになった。 今度生まれ変わるときにはちゃんと場所が選べたらイイのにと思っていたら、雪梅と約束したお店がみえてきて僕は少しだけ気持ちが落ちついてきた。あのお店では僕はいち個人として扱われて、雪梅との楽しい時間しか流れていないからだ。 もしかしたら、僕の思い違いかもしれないという淡い期待まで持ち出されてきて、早く雪梅に会いたいという気持ちが強まった。だがしかし、店の駐車場で見覚えのある顔があって僕はいっ気に血の気が引いた。身体が硬直して、息をどうやってしていたか忘れるくらい僕は激しい衝撃を受けるのだった。 「………父様…………!」 ソレは僕がいたあの場所の主だ。僕たちは彼の家族であって彼の商売道具なのだ。身寄りがないとか親に捨てられたという子供たちを無償で引き取る善人な施設長の顔を持つ彼は、僕たち兄弟を性奴隷として金持ちに売りさばいていた。気に入らなければ直ぐに新しい兄弟を宛がう、そういう制度で金持ちの輩はとっかえひっかえ僕たち兄弟たちを片っ端から喰い潰してきた。 ある兄弟は性的苦痛で声を失ったり、気が狂ったりしていた。中には壊れた人形のように心も身体も壊れて死んでしまった兄弟もいる。父様は酷く悲しそうな顔をしたが、アレは商品として使い物にならないんだと思ったからだろう。次の日には新しい兄弟をつれて、商売をしていたから。 そんな彼がココにいる。彼がココにいるということは、コレはいよいよ、僕も雪梅に捨てられてあの場所に戻されるんだという現実が突きつけられる。雪梅に捨てられると思っただけで胸が苦しくって悲しかったのに、ソレが現実のモノとなってしまったらもう息ができず、目の前がすべて真っ黒になってしまっていた。 そして、僕が崩れ落ちるように後部座席に沈み込むと、執事長の声が聞こえたような気がしたが、僕はこの事実から早く目を反らしたくって自ら無理やり意識を遮断していた。    

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