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「じゃ、れい、ココに名前を書いて」
いち時間後に目を覚ました僕は雪梅にしがみついたまま、いち枚の紙を渡される。なんとかしょというモノらしいが、僕は文字が読めないし書けないから強張った顔で父様をみる。父様は優しい顔で、艷黎はイイ子だから、書けるでしょう?というのだ。
確かに、ゆいいつ書ける文字は僕の名前くらいである。しかも、ソレは形をそのまま丸写しだから書けるというレベルのモノではなかったが。
しかしながら、僕がしがみついている雪梅は物凄く怖いくらいいつも通りの能面のような顔だから、物凄く不安が漂う。
「雪梅、なんでココに僕の名前を書くの?」
「れいの名前をれいにするためだよ」
雪梅はそういって僕の前髪を掻きあげた。大事な話があるっていったでしょう?と僕の額にキスを落とすと、ソレで僕はすべてのことがらがいっ気に和らいで安心する。そして、その安堵した顔で、雪梅の大事な話はコレだったのかと胸を撫で下ろす。すると、雪梅までが父様みたいに、書けるでしょう?と僕の顔を覗き込みながら訊いてきた。だが、僕はどうして僕の名前を変える必要があるのかが解らないから。
「僕、艷黎じゃダメなの?」
雪梅にそう訊くと雪梅は困った顔をした。どう僕に説明したらイイのだろうかという顔をして、僕をみるが打開策はみつからなかったようだ。
ソレをみていた父様がおもむろにこういうのだ。
「艷黎はれいという名前が嫌なのかい?」
と。僕は首を振る。嫌いではない。むしろ雪梅だけにしか呼ばれない名前だから好きだ。だから。
「雪梅だけがそう呼ぶから、他の人にはそう呼ばれたくない」
僕ははっきりとそういう。すると、雪梅が僕をぎゅっと抱きしめて、「私はれいという名前をれいだけにあげたいんだよ」といわれた。
雪梅が決めた名前を僕が使うことに意味があるんだと雪梅にいわれると、僕はもう雪梅の望みを叶えてあげるしかない。
「解った。雪梅がれいがイイっていうなら、僕もれいでイイ」
十八年間ずっと使われてきた僕の名前とお別れするのは悲しいが、雪梅がそうして欲しいというなら仕方がない。僕はペンを持って、頼艷黎と書く。その横にあるもうひとつの欄に頼黎と書こうとして、雪梅に止められた。
「張黎」
頼じゃないよといわれて、僕は首を傾げた。頼は父様の血筋っていう意味なのにと。でも、雪梅はれいはコレから私のモノだというのだ。
父様もそうだという顔をして、僕が名前を書いた紙とは別の紙をだしてくる。そして、ココにも張黎と書いてと僕を促すのだ。だが、僕は渋った。
「…………僕………、」
そういってペンをおいて僕が口籠ると、雪梅が眉根を潜ませる。コレは機嫌が悪いという印だ。ヘソを曲げた雪梅は手に追えない。取り敢えず、僕は父様の方をみてボソッとこう呟いた。
「ちょうって書けない」
ソレで、ああという顔で父様はポケットからメモ帳を取り出すと、雪梅が僕がおいたペンを取った。私が教えるという顔で父様からメモ帳を受けとると僕に丁寧に教える。僕は暫く雪梅が書いてくれた文字をじっとみた。丸写しだからまるっと形を覚えないといけないから。
「書けそう?」
心配そうな顔で父様が僕を覗き込んでくるから、僕はう~んと唇を尖らす。執事長が「では、この紙に練習してみてはいかがですか?」と数枚の紙を差しだしてきた。僕は文字が読めないからソレがなんの紙なのか解らないが、同じような場所に枠があって僕はココに書くの?と執事長に訊いた。
執事長はそうですと、ソレはもう本当に極自然にそう応じるから、僕はペンを持って張という文字を書いてみる。よれよれだが、なんとか読める字だ。黎は艷黎の黎だから寸なりと書けた。
執事長は「まだ紙はたくさんあります」と再び枠がある紙を差しだされて、僕はたくさん名前を書かされた。だが、徐々に慣れてきて、最後の紙には物凄くきれいな字で書けた。練習も終わって、本番の紙に僕は張黎と書く。もういち枚の紙にも書いて、僕は息を吐いた。
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