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  「この紙、なに?」 僕が張黎という名前を練習した紙だということは解る。ソレに、コレがいち番綺麗に名前が書けたヤツだということも。 「婚姻届だよ」 雪梅は僕の問いにそう答える。父様の怖い顔はまだまだ続いていた。 「婚姻届?」 僕は首を傾げると、雪梅が僕にも解るように言葉を噛む砕いて話してくれる。こういう雪梅は父様よりも解りやすい。 「ああ、私と結婚しましたという紙だよ。番はアルファから解除されてしまうけど、婚姻はソレがないんだ。この国の離婚は死罪だからね」 「そうなの?じゃ、コレを父様に渡すと機嫌がよくなるの?」 「なるよ、物凄く」 雪梅がそういうから僕は父様にソレを差しだそうとしたら、雪梅がその紙を僕から奪った。僕がどうしてと雪梅を睨むと、雪梅は僕が書いた名前の隣に名前を書く。そうして、雪梅から父様にソレを差しだした。 「頼さん、コレでれいを無断で私の番にした責任を取るつもりはないですよ。私は最初かられいと結婚するつもりでいましたから」 ソレに、貴方もそう望んでいたから婚姻届にれいが名前を書くのを許したのでしょう?と微笑む。 「ええ、確かに」 父様の顔はもう怖い顔ではなかった。機嫌がよくなったかは解らないが、もう怒ってはないようだ。雪梅が差しだした紙を受けとると、確かに受理しましたというのだ。 「しかしながら、黎がソレを望まなかったらどうしたのですか?」 ふたりの間に挟まれた僕はというと、いつ雪梅と番になったのだろうとふたりの顔を眺めみるが、両者とも応えてくれなかった。だから、僕はひとりで結論づける。雪梅は吸血鬼のアルファだと。 「ソレは決まっているでしょう?れいが嫌がろうとも私は誰にもれいを渡すつもりはないので、無理やりにでもれいにソレらを書かせましたよ」 父様が持っている三枚の紙を指差して、雪梅は父様に指し示すように僕にキスをする。そして。 「ああ、コレで誰も私かられいを奪えない。れいは私だけのモノ、もう逃がさないから………」 れいは私のモノだとみんなにみせつけるように盛大に結婚式をあげようと雪梅に囁かれて、僕は青い顔をした。ソレなのに、雪梅はもう愉しげにこういうのだ。 「フッフ、どうしたの、れい?いまさら後悔してももう遅いよ?」 れいが泣き狂おうが壊れようが構わない。私は絶対にれいを手離さないから覚悟して、と。 だが、僕はソレどころではなかった。 「ねぇ、雪梅?」 「ん?なんだい?」 雪梅はとても低い声でそう訊く。僕が否定的なことをいうと殴るという顔で。 僕はどうしてそんな怖い顔をするのだろうと思いながら、言葉続けた。 「あのね、僕、男だから結婚式は………」 あげないと続くのかと思った雪梅の顔は物凄く怖かった。すると、父様と執事長がいまにも僕を殴りつけそうな雪梅の間に、割って入ってくる。 「できるよ。いまはそういう蟠りないから、雪梅くんが望むように盛大に……」 「左様です。もう日取りも決まっております」 父様と執事長は引き吊った顔で笑って、僕にうんといわせようとしたが、ソレはもう検討違いもイイところだった。僕は物凄く口を尖らせて意味が解らないと父様の顔をみて、執事長の顔もみた。 「あの、父様たちは黙ってて、僕、いま雪梅と話をしてんだけど?」 「あ、ゴメン……」 「申し訳ございません、黎様」 父様と執事長は雪梅にも睨まれてしゅんとした顔で謝る。だが、僕は構わず般若の顔の雪梅に訊く。 「あのね、僕、男だから結婚式はタキシードが着たいの。構わない?」 「なんだ、そんなこと全然構わないよ。私はれいと結婚式があげられるなら」 雪梅の言葉が和らぐ。背筋を凍らせる低い声ではないから、僕は雪梅にねだってみた。 「ソレでね、吸血鬼の結婚式ではさ、吸血鬼がウェディングドレスを着てたの。僕ね、雪梅は物凄くウェディングドレスが似合うと思うんだ。だから、雪梅はウェディングドレスを着て欲しいんだ」 ダメ?と雪梅にしがみつく。父様と執事長の顔が強張った気がしたが、僕は気にしなかった。  

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