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目の前が真っ黒になったのはコレが二回目だ。景色も雪梅もまったくみえない。声だけが聴こえて、下半身が物凄く冷たくなっていくのが解った。感覚もなければ痛みもなく、タダ目の前が真っ黒になっただけだった。
「れい!しっかりして!」
真っ青な顔をしてそうな声で雪梅が僕を呼んでいたが、僕は目蓋を綴じた。開いていても目の前が真っ暗だから同じだったから。
ソレに、少しでも雪梅との繋がりを遮断したかったのだ。すると、僕の身体からじわりじわりと体温が抜け落ちていく感覚があった。ソレと同時に、僕はこのまま死んでしまうんだと思った。
あんなに死ぬことに抵抗があったハズなのにいまはソレがまったく、かわりにこのまま死んだら「さぞや、愉しいだろう」という感情がうまれていた。そして、僕は知る。ひとは執着するモノがなくなれば簡単に生を手離すモノなんだ、と。
ソレでなのか解らないが、僕は口端をゆっくりと持ちあがっていて薄く嗤っていた。せせら笑いをするようにソレはもう愉しげに。愉快な仲間とこのまま死に別れると思うと、もう「ざまあないね」と告げた唇が僕のソレではなかったように感じた。
「お願い!れい!目を開けて!お願いだから、目を綴じないで!!お願い!!れい!!」
必死に呼びかける雪梅の言葉に蓋をして、僕は意識といっ緒に身体も地面に沈めた。雪梅に掴まれた肩口や腰はその温もりを感じず、身体を揺らされる感覚すらなくなって、閉ざされていく意識の中で僕はもっともっと苦しめばイイのにと憎しみを込めながらそう思って、残りの意識を手離した。そして、ただタダっ広い部屋に雪梅の声だけが木霊して泣き叫んでいるのを想像するだけで、僕の心はタマを弾いたように弾んでとても爽快だった。
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………………───────────黎様………
闇の中で誰かが呼んでいる。呼んでいるけど、その名前は僕のモノであって僕のモノではなかった。
そう思ったら、辺りがいっ気に明るくなって、ふわふわとした綿毛がどこからともなくたくさん飛んできた。そして、なぜだか解らないが、僕はソレを必死に掴もうとしていた。
だが、手を伸ばせばソコにあるのに、ソレはまったくといってイイほど僕の手には捕まらず、するりと僕をすり抜けていってしまう。ざーっと僕の隣を駆け抜けていった風といっ緒に僕の傍から離れて、僕の届かないところにいってしまった。
最後の綿毛が僕の視線を横切って僕の差しだした手のひらに引っついたと思ったら、ぐっと誰かにその手を掴まれた感じがした。
「─────かあさま…………!」
僕の手を掴んだ小さな手がそう叫び、誰かが僕の名前を呼ぶ。
「れい……!」
ソレが本当に僕の名前だったのか僕にはもう解らないけど、そうだという不確かなモノにすべてを委ねたら、深い闇から持ちあがったようなだるい意識の中でゆっくりと覚醒していく僕の頭は、その声がする方向に向かった。
意識と意識の間にある段差で進もうとする足がもつれそうになるが、強く掴まれた手の温かさで僕の身体は崩したバランスを整える。整えたくらいで前に進めるとは思わないが、不思議と前に進めた。
明るく照らされた場所についたら、閉ざされていたハズの目蓋が押し開かれる。僕の意識とは違うモノがいるようで、僕は小さく息を吐いた。そして、薄く開いた目蓋からみえた景色に首を傾げる。
ソコはまったく見覚えのないところで、僕はゆっくりと乾いた唇を動かした。舌も目蓋も重たい。どうしてこうも覚束ないのだろうとたどたどしい舌使いで、動かすすべての筋肉が物凄く覚束ないのにも関わらず、僕は瞳の先にある不思議なモノに声を発したのだった。
「………だ、………れ………?」
だれかに似ているようだけど、僕にはソレがだれなのか解らなかった。ソレに、真っ白な天井と真っ白な壁、消毒液の臭いがすることから、ココが病院じゃないのかと推測するのだが、どうして僕がココにいるのかは解らなかった。見覚えのないと思ったのは、僕の目の前に真っ白な天使がにっこりと笑って立っているからだろう。
「…………かあさま、ぼく、てんだよ……」
小さな手の小さな客人はそういうのだが、僕の記憶の中には「てん」という子はだれもいない。てんはだれの子なんだろう?と思う半面、かあさまってだれのことだろう?と僕は疑問を重ねた。すると。
「れい、私だ。解るよね?」
てんという男の子をどかして僕の顔を覗き込んでくる男性がいるが、僕は首を傾げた。えっと、だれだったけ?と考える間もなく、病室の扉から白衣をきた雷梅が入ってきた。
「らい、か………?」
覗き込んできた顔と同じ顔の男性をみて、僕がそう呼ぶと手前の男性が眉根を潜めた。そんな男性を雷梅は退かして、僕を診察しだす。
「ゴメン、悪いけど、いまは診察させて。黎くん解るかい?」
雷梅が真剣な顔でそう訊いてくるから、僕はゆっくりと頷いた。そして、「ぼくはどうしたの?」と訊くと雷梅はゆっくりと説明をしだした。
「黎くんは、出産後に大きなストレスを感じちゃって、強いショック状態になっちゃったんだ」
「そ、なの?」
「ああ、ソレから死んだように眠り続けて、今日ようやく目覚めたんだ」
気分はどうだい?そう雷梅は続けて僕に訊いてくるけど、どれを基準に良いのか悪いのか解らなかったから取り敢えず曖昧に頷いておいた。だから、小さな男の子が僕をみて、ニコニコと笑うのもまったく解らなかった。
僕はその男の子を指さして、かれはだれ?と雷梅に訊く。てんという名前だというのは、その子から聞いたから解ったが、彼がどこのだれなのかまではまったく解らなかった。
そうすると、診察もあらかた終わったのか雷梅は手を止めて、僕の質問に応えてくれた。
「ああ、この子は黎くんの子供だよ。天夢(てんむ)くんっていってね。今年で五さいになるんだ」
雷梅は僕がその子に興味を持ったことに嬉しいという感じはなく、返した解答に僕がどう反応をするのかを確かめているようだった。僕はなにをそんなに怯えているのだろうと不思議に思っていたら、男の子はもういち度僕に顔を覗かせてきて、はじめましてかあさまと挨拶をしてきた。
男の子の顔が少し赤らんだのは、僕が彼と初対面だということに気がついたからだろう。はやる気持ちが前にでて、初めましての挨拶が疎かになってしまったことへの羞恥が含まれているようだった。
僕はというと、雷梅に向かってそうなの?と首を傾げた。どうして、この子が僕から産まれたのか解らなかったが、確かに僕に似ている気がした。口許や目元は僕と同じモノがついていたから。
そわそわとする天夢をみて、僕はそうだと思いだしたかのように、初めましての挨拶を返した。
「は、めまして、てんむ……」
僕はそっと手を差しだすと天夢に微笑んだ。筋肉が覚束ないから上手く笑えたか解らないが、天夢は嬉しそうに僕の手を取って、「かあさま、めをさましてよかった」と喜ぶのだった。その隣にいる男性もそわそわとして、僕をみているけど、どうして、ソコにいるのか僕には解らなかった。
「……れい……、私だ………」
その男性はそういって天夢をまた退かして僕の顔を覗き込んでくるけど、雷梅がその男性の腕を掴んで首を大きく横に振った。ソレがどういう意味を示しているのか、僕にはまったく解らなかったが、天夢は嬉しそうだからイイやと思った。
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