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  いつもより時間はかかったが、サンドイッチとスープはぜんぶたいらげて、配膳された朝食のお粥以外のおかずもあらかた食べた。看護師は昼食はもう少し柔らかいモノにしておくわねと疲れきった僕をみて、そういった。 昼食にまたくるわと言い残して、看護師は入ってきたときと同じように配膳物を持ってでていった。でていったあとから、どっと疲れが押し寄せてきて僕は目蓋を瞑った。そして、いまの僕にはまだ普通食は疲れるモノだと解ると悲しくなった。 うとうとと浅い眠りに引きずられて深い眠りに入って、再び目が覚めるといつもの朝のように僕の目の前に覗き込んできた天夢がいた。そして、たくさんの絵本を持って、僕にみせるのだ。どれがイイというように目をキラキラさせて。 「かあさま、おきた?もうつかれてない?」 僕に気遣う僕の小さな天使はニコニコ顔で、僕の目覚めを待っていた。 「うん、大丈夫だよ」 差しだされた絵本はココ数日、毎日天夢に読んで貰った絵本だ。だが、僕は天夢に字の読み方を毎回教えて貰うのだが、絵本のタイトルも内容も直ぐに忘れてしまう。寝て起きたらすべてがリセットされたようにすべて忘れてしまうのだ。だから。 「天夢、今日はどの絵本を読んでくれるの?」 僕は天夢にそう訊く。だが、天夢は僕がまだ字を読めないことを馬鹿にはせずに、内容も忘れていてもまったく咎めなかった。逆にこういうのだ。 「じゃね、ぼくがだいすきなこのえほんをいちばんさいしょによんであげる。これはかあさまもすきになるよ♪」 と。自信満々でその絵本を開いて、天夢はゆっくりと文字をなぞりながらいち字いち字丁寧に読む。その声は穏やかでとても心地イイ。母親が子供に子守唄を歌うような優しい声で、僕の沈んだ心を軽くしてくれるのだ。だから、僕はすぐにまた眠ってしまうけど、天夢は怒らずにずっと僕の傍で絵本を読んでくれる。 こんなこと、いままで生きてきた中でだれにもして貰ったことがなかった。そう、父様も兄弟たちもみな、僕には絵本を読んでくれなかったのだ。 不意に壁際に視線を送るとあの男が立っていた。朝食を済ませると直ぐにいなくなるのに、今日はまだソコにいた。ああ、今日は土曜日なのかとカレンダーのない世界で、僕の中に曜日だけが根づく。ソレは、土曜日と日曜日に必ず執事長の隣でいるあの男のせいだろう。 そして、その男は雷梅に似ていて、僕をずっとみている。天夢とのやり取りを愉しそうにみているときもあるが、殆どは眉根を深く潜めて物凄く怖い顔をして僕をみているのだ。 なのに、こうやって僕が壁際に視線を向けて彼と視線を合わせると、その怖い顔で僕に話かけてこようとするのだ。だが、口が開くそのわずかな隙に、なぜだかいつも執事長がソレを阻止するように天夢に向かって声をかける。 「天夢様、お昼寝の時間になります。続きは後にしましょう」 「え?まだねむくないよ?」 これをよみおわってからでもいいでしょう?と目を覚ましたばかりの僕に気遣って、天夢は執事長に申し入れをするが、執事長は首を横に振る。天夢は少し頬を膨らますと「かあさま、ごめんね」つづきはあとからでいい?と訊いてくる。 「うん、構わないよ。起きたらまた読んでくれるんでしょう?」 僕が微笑むと天夢は大きく頷いて、「ここのつづきだから」と僕にでも解るように押し花が飾られたしおりを挟んで、約束の指切りをする。どうしてココまで約束ごとをしたがるのか解らないけど、小さなき小指で僕の小指に絡めて、刻印を押すように親指同士を重ね合わせる行為は好きだった。  

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