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弐
形がない不安定なモノほど壊れやすく、その導きを指し示す要素がない。
「れい、先のことは考えないでいまのこの瞬間のことだけを考えるようにして」
ほら、計り知れない未来のことをいちいち想像してその対策を考えるなんて、もうムダとしかいいようがないでしょう?と雪梅はいうが、僕の心はその先の未来をいち早く締結しているようで、ズキズキと傷み始めていた。
「………っか、………………僕を…………て」
心なしか僕の言葉は途切れ途切れで雪梅には届いていないハズなのに、雪梅はソレを違うことなくすべてを汲み取って、「ソレはできない。れいのすべては私のモノだといったでしょう?」とそう強く釘を打たれる。その高慢さはときには腹立たしいモノであって打ち砕きたくなることもあるのに、いまの僕には物凄く安心できるモノであった。
「母さま、準備できた?」
お風呂からあがって、雷梅に着替えさせて貰っていたところに、結羽が入ってくる。昨日の僕はとても魅力的だったと唇に軽いキッスを落として、雪梅にも軽いキッスをしていた。
「さっき、天夢兄さまと雷梅兄さまをみてきたけどふたりともとっても格好よかったよ」
黒のタキシードと白のタキシードで、天夢兄さまが黒をきていたと嬉しそうに報告してくる。仲のイイ兄弟だからそうだともいえるが、僕としてはもう少し感傷的になると思っていた。寂しくないの?と聞きたいところだが、もう直ぐ開始時間の十時二十八分だ。
しかし、結羽も雪梅も慌てた様子ではなかった。まだ、劉梅(次男)と水梅(長女)がきていないと執事長が報告しにきていたから、開始時間が少し延びたようである。そう、張家の人間は雷梅(長男)以外は時間にルーズであるのだ。
僕の結婚式もそうだったし、彼らと逢う約束をしていてもその時間に彼らがちゃんときたためしがなかった。しかも、どんな場所でもラフな格好でくるから、とても金持ちの坊っちゃん嬢ちゃんにはみえないのだ。そんなマイペースで気さくなところは、少しだけ雪梅(四男)に似ている。
そして、三男のアレはもう別次元の存在だとしか認識できないから、僕は彼に近づかないようにしている。いや、名前すら口にしたくない。
「ソレじゃ、私たちも挨拶をしてこようか。天夢はともかく、兄さんはコレからは私たちの子供になるんだからね」
雪梅はそういって結羽を抱きあげると、僕の手を掴んだ。引っ張りあげるように僕を引っ張ると、軽々しく僕まで担ぎあげる。
「うん、でもよかったの?」
そんな僕は雪梅にしがみつき、少しでも体重を軽くしようと首に腕を廻す。
「なにがだい?」
「だって、雷梅、アレでも家長でしょう?僕たちのところに嫁いだら誰が家長に………ヒッ!!」
そう声をあげるのは急に脇を掴まれたからだ。贅肉を掴むように僕の脇腹を掴むのは、認めたくはないが三男の藤梅(ふじか)だ。彼は、雪梅のひとつ歳上の兄様で、僕の義兄様にもなるのだが、辛家と呉家に嫁いでいった劉梅(りゅうか)と水梅(すいか)の兄妹の方がまだいくぶん馴染みやすかった。
「兄さん、いつ帰ってきてたんだい?」
彼のことが物凄く苦手な、いや、物凄く嫌いなことを知っている雪梅はそういいながら、僕を彼から引き離す。同時にハグを求めてきた彼の腕には、結羽が飛びついていた。ナイスだと結羽の行動を高く称賛しながら、僕はしっかりと雪梅にしがみつく。
「ありゃりゃ、また逃げられちゃった。ん?今朝がただよ?アレ?セバスに聞いてないかい?」
そう呑気に応じる彼に、結羽は「藤梅、いらっしゃい」と軽いキッスをしていた。
「うん、こんにちわ♪結羽は相変わらず、母上大好きっ子だね♪」
「うんだって、母さま、藤梅のこと存在すること自体嫌らしいんだもん。仕方がないでしょう?」
結羽はもう悪気もなく彼にそういって、「いずれ母さまは結羽と結婚するんだよ」ともいう。そんな結羽の言葉を聞いて、雪梅が目くじらを立てずに聞き流すのは、結羽が雪梅そっくりで僕が小さい雪梅みたいで可愛いと絶賛したからだろう。物事がぜんぶ雪梅中心で、雪梅を基準にしている僕がそういったら雪梅は拒否れないようなのだ。つまりソレを否定することとは、自分自身を否定することになると雪梅は思っているようで、ソレはもうにこやかに「結羽、頑張りなさい」と心底労っていた。
が、ソレを許さない人物がひとり。そう、結羽の目の前にいる彼だ。なぜか彼は雪梅と番になって、雪梅と結婚してる僕に求婚してくる。しかも、雪梅と二重結婚でもイイからと詰め寄って、いまだにソレを諦めていないのだ。ああ、僕が彼のことを毛嫌いしているのは、僕は雪梅ことが好きだから無理だと散々断ったのに彼はまったくソレを信用してくれない上に、いち度でもイイからとしつこくセックスを強要してくるからだ。
「なにいってんの?艷黎は、私と結婚して幸せに暮らすって決まってんの!勝手にそういうの決めないでくれるかい?」
彼は大人気もなくそういって、ハグしていた結羽を床に下ろした。そして、「艷黎、いつになったら私と番になってくれるんだい?」ともいう。
僕は彼と話しをしたくないから雪梅にぎゅっとしがみついて、「雪梅、早く天夢のところにいこう」と雪梅を促す。雪梅もそうだねといって、彼の話しをまともに受けとってやらない。その代わりに結羽が目くじらを立てて、怒っていた。
「勝手にとは、なに!結羽はちゃんと母さまにも許可貰っているんだからね!」
フラれ続けている藤梅といっ緒にしないで!と、ソレはもうご立腹だった。そりゃそうだ。雪梅にそっくりな結羽はもう愛らしい。結羽がそう望むなら僕は結羽の望みを叶えてあげたいのだ。二重結婚でもなんでもしてあげられる。ソレくらい、結羽は雪梅にそっくりで僕をきゅんきゅんさせるのだ。
「ああ、結羽、可愛い♪雪梅が僕を取られないように必死になっているようで物凄く堪らない♪」
「そう?じゃ私も参戦してこようか?」
「ダメ!雪梅は僕とこうしてるの!僕を置いて他の誰かと話すの禁止!!僕だけをみて、僕だけが欲しいっていって。そんで、僕を捉えて縛りつけて、僕を離さないで」
お願い、僕を雪梅のモノだけにして。僕が雪梅だけしかみえないようにして。もうコレ以上雪梅が入らないくらい僕の中に雪梅を詰め込んで。
僕はそう雪梅に懇願する。ソレだけ僕は雪梅に溺れているのだ。そして、僕は雪梅だけに埋め尽くされたい。身も心もぜんぶ、雪梅だけでいっぱいになりたいのだ。
すると、雪梅は嬉しいよ、れいのすべてを私に委ねてしまいなさいと、僕の唇にキスを落とす。僕はもっとねだったが、「ダメだよ、れいは自制がきかないでしょう?」といって、絶対に僕からのキスをさせてくれなかった。
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