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肆
「あ、うん、大丈夫。ちょっと、嫌な視線を感じちゃって……」
ひゃっと、僕は声をあげる。そして、「母さま、ゴメンなさい」と結羽が謝りながら、僕の開けた口に西瓜を放り込んだ。
その横ではチッと舌打ちする藤梅がいて、僕は直ぐさま近くにいた雪梅にしがみつく。結羽の気転でまた助かった僕は、雪梅の胸の中で震えていた。
「ぃや!もう、帰りたい!」
いまにも泣きそうな声でそう訴えていると、挨拶廻りをしていた天夢と雷梅がやってきた。
「母さま、どうしたの?」
「って、また君か」
天夢よりも先に雷梅が気がついて、ずいぶん離れた場所に陣取っていた水梅を手招きしていた。藤梅はソレをみて、「雷梅兄さん、酷いわ」と床に崩れ落ちる素振りをみせて、僕の腕を掴もうとする。だけど、その手を掴む長身の男が現れた。
「藤梅様?なに、汚い手で黎様に触れようとしているんですか?」
そして、ソレが執事長だと気がついたときには藤梅は宙を廻っていて、水梅が駆けつけたときにはもう床に叩きつけられていた。
「まったく、油断も隙もあったモノではありませんね」
そう詰るような目で、執事長は床に叩きつけられていた藤梅を睨みつけている。すると、「さすがはセバスだわ。呑み込みが早いわね」と駆けつけてきた水梅が執事長のことを感心していた。
「いえ、まだまだですよ」
執事長は僕の手を掴んで、お怪我はありませんでしたか?と聞いてきた。
「う、ん、………ありがとう」
セバスといった瞬間、パシャパシャとフッラッシュがたかれた。なにごと?と瞬きすれば、劉梅が水梅持ってきたカメラで僕と執事長のやり取りを連写して撮っている。
「執事と姫、いいな~♪」
などと呟いている地点で怖いが、藤梅が起き上がれないように踏みつけているところが満点なので、僕はにこりと笑ってあげた。興奮する劉梅はなん度も角度を変えながら、たぶんメモリーの半分以上を僕と執事長の写真で埋め尽くし、数枚だけ僕と雪梅を撮っていた。
主役であるふたりの写真はというと、執事長がしっかりと撮影をして編集までをやり遂げていた。そして、そのアルバムに僕が廊下でアンアンと雪梅に哭かされているビデオが、附録としてついてきていたとは知るよしもなかったが。
「劉梅、悪いんだけど、その生ゴミ外に捨てて来てくれない?母さま、物凄く怖がっているみたいだからさ」
天夢は天夢でさらりと酷いことをいって、「いうこと聞かないといま撮った母さまの写真、いち枚につき、百万ね♪」とぼったくる闇金のおっさんのようなことをいって、「ん~確か、いち万とんで二十八枚だったから、百億と二千八百万だね♪」と僕を写した連写の枚数を正確にいい当てていた。ソレを聞いた劉梅は、足蹴にしていた藤梅を抱えあげる。
「坊っちゃま、捨ててきやす!」
そういって、さっさと式場から藤梅を放りだす劉梅に、「いつも、ありがとう」と僕はお礼をいう。そうしたら、「母さま、劉梅に甘過ぎ!直ぐ調子に乗るから褒めちゃためだよ!」と叱られた。僕がしゅんとした顔で、「天夢、ゴメンなさい」と謝ると天夢は僕の頭を撫でながら、僕の唇に軽いキッスを落とした。
「母さま、解ったんなら構わないよ。世の中には怖い人がいっぱいいるから気をつけないと」
天夢はあからさまに、劉梅のことを毛嫌いしているようだった。
「でも、劉梅、いい人だよ?この前も結羽とお昼寝していたところの写真を送ってきてくれたし」
僕がそういって、劉梅のことを庇うと天夢が眉間にシワを寄せた。
「母さま、ソレ、盗撮だよ」
「えっ?そうなの?」
僕が驚いて雪梅をみたら、「そうなるね。この前見知らぬカメラを発見したからそうだと思うよ」ともう当然なことをいうが、雪梅は自分が会社にいっている間に僕になにかあったら困るからという理由で取り外さなかったらしい。警察よりも頼りになる劉梅は執事長の次の番犬らしいのだ。
「ちょっと、父さままで劉梅の肩持つの?」
「当然でしょう?れいを守れるなら私は悪魔にでも魂を売れるよ」
「ダメ!!雪梅は僕だけのモノでしょう!!どうしてそうやって直ぐに僕以外のひとにあげるっていうの!!」
ヒドい!!と僕が物凄く怒ると雪梅は「う~ん、れいはそうやって直ぐに嫉妬するから、可愛くって仕方がない」と僕の頬を撫であげる。だが、僕はそんな雪梅を怒鳴り散らして癇癪をあげていた。天夢はそんな僕たちをみて、物凄く呆れていた。
「父さま、母さまにそんなこというから、母さまが怒るんでしょう?」
と。下手をすれば、その悪魔を八つ裂きにしてそうな僕に天夢は、「さっきのは比喩だから、本気にしちゃダメだよ」といって、どうにか僕の憤怒を取り除こうとしていた。
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