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拾捌

  ぐずぐずと泣いて、雪梅から離れようとしない僕に結羽がお水と蒸しタオルを渡してくる。 「母さま、そんなふうに泣いていても父さまはよくならないよ」 母さまに悩殺されたんだから仕方がないよと、結羽はソレだけ僕が魅力的なんだという。だが、どんなに魅力的でも雪梅が死んでしまったらまったく意味がなかった。 「ゆうう、どうじよう、ごのままぜっががじんじゃっだら」 今度はおいおいと泣きだす僕に、結羽は真剣な顔でこういうのだ。 「母さま、もう泣かないで。こんなふうに泣かせた父さまが悪いんだからもう見切ったら?」 と。そして、結羽と結婚しよう。結羽は父さまと違って母さまをこんなふうに泣かさないからという結羽の目は本当に真剣で、当然、ソレを聞いて僕は怒りだす。だすが、そのあとに復唱された声は、僕のモノでも結羽のモノでも況してや雪梅のモノでもなかった。 「ゆううのばぁが!!」 「そうだぞ!!ばぁが!!ばぁが!!!」 むくりと突然起きあがった雪梅に、僕と結羽が驚いて後ろに飛び下がる。退いた先が壁際だったことに結羽が舌打ちをするが、僕の叫びにソレはかき消されてしまった。 「え?え!ええええええええ!!!!!」 だれだれだれだれだれだれ!!!と、右往左往する僕に起きあがった雪梅は渋い顔をする。しかも、そう驚くことじゃないじゃろにと、物凄く老人臭いこという。だが、ソレは雪梅であって雪梅ではなかった。だから、僕は怒っていたことも忘れて、結羽の後ろにさっと隠れた。ふるふると生まれたての仔鹿のように足を震わせて、睨みつける。 「のぅ~う!酷いのぅ。この十六年間、いっ緒にお風呂入ったり、パコパコえっちらとエッチとかした仲じゃろに~ぃ!」 忘れてしもうたんかい?と雪梅ではない雪梅にそういわれるが、僕は知らないから知らないもん!とやたら強気に怒鳴り返していた。すると、雪梅ではないその雪梅はショックを受けたのか、しくしくと泣き始める。ソレはもう僕が悪いという感じで、おいおいと。 「な、なんで泣くんだよ!僕、貴方のことなんかぜんぜん知らないもん!」 僕は必死に抵抗する。そして、嘘じゃないもん!と盾になって貰っている結羽にまでそういって、とにかく、僕の味方であろう結羽に白い目でみられないように適度にがなった。すると、結羽は「もしかして、曾祖父(ひいじい)ちゃま?」と不明瞭で確証のない顔でそう訊ねた。 そう、僕は張家の人間になったけど、ちゃんとした血筋を承けていないから張家の祖先のことなどまったく知らない。が、雪梅の血を半分受け継いでいる結羽にはソレが誰だか、うすらぼんやりとだが解るようなのだ。 ソレを聞いた雪梅ではない雪梅は花を咲かせたような顔で俯けた顔を持ち上げて、キラキラと瞳を輝かせて僕に飛びつこうとする。 「おお、曾孫!わしのことが解るんかい!」 「曾祖父ちゃま、ソレ、母さま!」 そういって、結羽は僕に飛びつこうとした曾祖父らしき雪梅の額に手をついてソレを阻止する。でかした、結羽と僕は怖いのを必死に堪えながら結羽の肩を掴んだ。そして、その指が物凄く結羽の肩に食い込んでいたとはいわない。 「ふおふぉふぉ、冗談じゃよ!曾孫♪」 曾祖父らしき雪梅はそういって嬉しそうに今度は結羽に抱きつくが、結羽はピシャリとソレを突き飛ばすとこう返すのだ。 「曾祖父ちゃま、母さまが物凄く怯えているから早く父さまの身体から離れて」 と。僕はどうして曾祖父が雪梅の身体に憑依しているのか解らないが、とにかく、うんうんと頷いて結羽に同意した。曾祖父らしき雪梅は物凄く肩を落として、「ひ、酷い、お主までわしをぞんざいに扱うんじゃな」としくしくと泣きだすモノだから、僕は少しだけ可哀想になって「曾祖父様、ぞんざいに扱わないから早く雪梅の身体からでていって!」というがソレはもう冷ややかに、そして、放った言葉とはまったく裏腹な態度でぞんざいな扱いをする。  

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