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肆拾弐
ウンデルには物凄く申しわけないけど、僕のすべてが藤梅を拒絶しているのだから仕方がない。そんな僕からスマホを受け取った雪梅は僕の頬を優しく撫でながら、藤梅と話していた。だが。
「ああ、兄さん。貴方には騙されましたよ。こんな姑息な手で世間を騙していたなんて」
恥ずかしくって表も歩けません、とソレはもう物凄い真顔で文句をいうのだ。だから、僕はなんのことなの?という顔で塞いでいた耳を外して、雪梅の言葉に耳を傾けた。
片や、電話越しの藤梅は物凄く不満なのか、僕と代われというようなことをいってから、雪梅の文句にきっちりかっちりと応えている。
『騙す?雪梅、酷いな。人聞きが悪いことをいわないでくれよ』
私はちゃんとした契約の下で法律に基づいて、彼らとビジネスをしただけだよ。だから、なにひとつ私は悪くない。そういう藤梅はソレはもう自信満々だったけど、雪梅は物凄く呆れていた。
ふたりの話を聞いていた僕はというと、電話口から漏れてくる藤梅の声に心がざわざわと騒ぎだしていた。物凄くいまさらだけど、電話越しから聞こえてくるこの声には心当たりがあったからだ。
肉声だと解らなかったが、機械を通して聞こえてくるこの声は紛れもなく僕がよく知っている彼の声なのだ。信じられない。そう思っても、ソレがそうだと確信できる要素が頭の片隅を過っていく。
できるならそうしたくはないけど、僕の頭はそうしないとダメだといい張っていた。そして。
「悪くないって、………確かに兄さんのいっていることは合法でしょうけど、だからといって、兄さんがエリック・ワールドの仮面を被るのは可笑しいでしょう?」
張家の恥なので止めて貰えませんか?という雪梅の言葉に、ようやく僕の心と頭が合致して僕は茫然とする。真実を受け止めたくなくってブルブルと震えだす僕に、優しく向けられる視線が痛い。傷つかなくてイイよという雪梅の心意気に、胸の奥にある良心がささくれていった。
どくどくと脈打つ心臓が、尋常でないくらい悲鳴をあげている。息ができずうずくまる僕はずくずくと雪梅に噛まれたうなじが痛みだして、はっと息を飲んだ。
コレはもう避けられないことなのだと悟って、僕は腹を括るしかない。そう、コレは僕の在り方の問題なのである。
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