98 / 109
Ⅳ
常闇に広がる海。海、海、海、海、海、海、海。なんでこんなことになってしまったんかのうと夜の浜辺で天夢の踵に踏みつけられて、しかも押し寄せては引く海水に身を浸している曾祖父は、真っ青な顔をして荒れ狂う天夢の双眸に身を小さく縮み込めていた。
「て、天夢兄さま、そう怒らないで。曾祖父ちゃまも悪気があってああしたワケじゃないんだよ」
たぶんきっとという言葉とともに、その天夢と交代するように曾祖父を踵で足蹴にしている結羽は、天夢の怒りをどうにかこうにかおさめようと奮闘していた。だけど。
「いくら結羽の頼みでも、コレばっかりは許さないから!ねぇ、そうでしょう、擂善!」
そう天夢が激怒するのも無理はなかった。なんたって、家長でだれよりも年配者である曾祖父をいとも簡単に呼び捨てをする天夢の腕の中には可愛らしい赤ちゃんが抱えられていたのだ。もういうまでもなくコレは雷梅であって、僕や天夢のハネムーンベビーではない。
「違うよ、曾孫よ。ついでき心であるのだぞい!決して、わしを蔑ろに扱った腹いせにやってなんかおらんのよう、ようょぅ!」
ちょっとエコーをかけてみました的に曾祖父は胸を張るけど、結羽の踵の下でじたばたともがいていたらタダの強がりでしかない。呆れる結羽はもう曾祖父のことをみ限るしかなかった。さすが、お兄ちゃん子だ。そんな結羽は、短いつきあいだったよ、曾祖父ちゃまとがしがしと曾祖父のぷっくりと膨れあがった曾祖父のお腹を踏みつけた。
片や、天夢はまったく反省の色がみえない曾祖父に更なる怒りを重ねている。だから。
「そう、解った。まったく反省してないみたいだからさ、いち度軽く葬ってあげるよ、ねぇ、擂善」
やりなさいという顔で天夢は結羽に指示すると結羽はお腹ではなく、曾祖父の頭を踏みつける。砂浜に埋め込まれる顔は、押し寄せてくる海水にもろに浸っていた。はぁはぁと荒い息をしながら、曾祖父は
「あ~ぁーーーーっん、や、止めてくんなまし♪溺れる溺れる溺れる!!!溺れておるよ、わし♪」とソレはもう愉しそうだった。
そんな曾祖父は、天夢はもちろん、結羽にも白い目でみられて退かれていた。だが、ソレも堪らんのう♪とのた打ち廻っているから、結羽は踏み締めている足に物凄く体重をかけてグリグリと曾祖父のことを戒めた。すると。
「ちょっと、君たち、なにしてんの!」
じい様、大丈夫ですか?と慌てて天夢と結羽に駆け寄ってくる男をみて、天夢と結羽は驚きを物凄く隠せてないでいた。
「おう、孫!わしは大丈夫じゃ。腰は立たぬが彼処はもうビンビンじゃよ!」
ワケの解らないことを叫ぶ曾祖父は米粒の小ささのモノを指で差している。そう、ソレは曾祖父のあられもないちんちんだ。あまりにも粗チン過ぎて、この僕でさえ哀れんでしまうほどだった。
「あー、んー、元気よく遊んでいただね」
天夢くん、赤ちゃんみててくれてありがとうとそういって、天夢から赤ちゃんを受け取る男は正真正銘の雷梅である。天夢の腕の中にいる赤ちゃんが雷梅ではなかったのか?といいたいのはやまやまだろうけど、彼もまた正真正銘の雷梅なのである。つまるところ、ふたりとも立春に鳴る雷という意味を持つ珍しい名前なの同名なのである。通常だったら、初雷とか春雷とかそういう名前がつけられるだろうから。
因みに、劉梅はとどまる梅、殺す梅ともいわれていてその人間の本質を捉えている。水梅は水の中の華というだけあって、執事長の容水と同じ芙蓉のことを指している。藤梅は華の藤ではなく藤氏のことを示していて、紅梅をこよなく愛した主のことを意味合いになっている。雪梅はこのふたつが合わさらなければ平凡になるとか、ダメになるとか、魂がないとかそういう意味が込められていた。
さて、ソレはともかく、雷梅の腕の中にいる赤ちゃんは物凄くご機嫌斜めだった。
「アレ?おむつとかそういうのは大丈夫そうなのにどうしちゃったのかな?」
雷梅は赤ちゃんの不機嫌な理由が解らず、首を傾げる。すると、天夢が物凄く睨んだ顔でこういうのであった。
「ソコに転がってる擂善が雷梅ちゃんのミルクを飲んじゃって足りてないんだよ。だから、お腹すいてんだと思うんだ」
と。ぐずる赤ちゃんをあやしていた天夢は曾祖父を睨む。すると。
「な!なぜ、そう睨むんじゃい!わしはタダ、引っかけてきたおしっこのお返しをじゃな」
結羽の足元から這いだしてきた曾祖父は、ソレはもう大きな声をあげて弁明する。
「したワケですか?齢二百歳もなるってじい様がたかが数ヵ月もままならない赤ちゃん相手に」
もう溜め息しかでないといわんばかりの雷梅は、聞く耳も持たないと呆れて返っていた。
ともだちにシェアしよう!