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ⅩⅠ
抜き取ったディルドはなぜか藤梅が大事にポケットにしまっていた。そんな藤梅に、僕は「じゃ、またね♪」と手を振ってなにごともなかったように雪梅と水族館の入り口に向かう。チケットはあらかじめ用意してあるようで、さすが執事長と思った。カメラの機材を肩からかけて、さぁ参りましょうという執事長も僕の辛抱なしの方に物凄く期待をしていたようであった。
どんなアングルでアンアンを撮ろうか、そういうなんとも怪しい顔で鼻の下を伸ばしている。藤梅は暫く呆然と僕の顔をみていたけど、ウンデルの使いのモノにあっさりと捕まって、拉致られていたとはいわない。
「ところでさ、ウンデル、なんであんなに藤梅のことが好きなんだろう?」
そう不思議がる僕に雪梅はこういうのだ。
「ソレは、れいと同じ理由だと思うよ。ほら、れいは私のこと物凄く好きでしょう?」
「うん、雪梅に殺されたいくらい物凄く雪梅のことが好きだよ」
細胞のひとつひとつが雪梅に殺されたくって仕方がないといっている。少しでもソレを否定する細胞がいたら、引き千切ってズタズタにしてしまいそうなくらい僕は雪梅のことに殺されたくって、ソレを否定する僕のことをも許せれないでいた。だから、藤梅のことに惹かれる僕は物凄く許し難かったのだろう。いまは過去形だけど。
「だから、少しでも嫌いっていったら遠慮なく殺して。雪梅以外に興味持つ僕なんか僕、物凄く要らないから」
真顔でそういっているのに、雪梅は「ふっふ、ソレはできないよ。だって、れいはもう私のモノでしょう?私がれいをどう扱おうが、れいにはもう拒否権はないでしょう?」といってまったく相手にしてくれなかった。だけど、僕は身体の底から歓喜の声があがっていた。
「ああ、ゴメン。僕って忘れっぽいからまたすっかり忘れてた」
僕は雪梅のモノでコレも僕が雪梅のモノだって証だったと、首にはまった首輪と鎖に触れて「僕は物凄く幸せモノだ」とソレはもう薄く嗤うのだった。
「僕ねぇ、雪梅にで逢えて本当によかったと思ってるんだ」
こんな面倒臭い性格の僕を愛して止まない雪梅のことが愛惜しくって仕方がない。父様でもたまに匙を投げそうになるのにと、僕はいまの幸せを物凄く大切に噛み締めた。
「ソレは私も思っているよ。れいは本当に私色に私好みに染まってとても愛らしい」
愛しているよという雪梅の先にある言葉は僕のすべてを狂わすモノだけど、僕はそんな雪梅が大好きで愛しているのだからしょうがない。
「だから、私のすべてを受け入れて、れい」
額に落とされるキスで僕はようやくウンデルの気持ちに気がつく。
「雪梅、解ったよ。ウンデルもこんなふうに藤梅のことが好きで仕方がないんだ」
僕は目をキラキラさせて、藤梅も大変な人に愛されたなと呟く。藤梅の性格からして、こんな重たい愛は耐えられないだろう。僕はそんな重たい愛が好きで仕方がないけど。そう、愛されたいと思うのはだれにだってあること。ソレに、雪梅みたいに愛されたら、もうだれも雪梅を手放せなくなるのは間違いないだろう。
「ああ、そうだよ。でも、れい、まだ返事を聞いてないんだけど?」
「え?そんなの当たり前でしょう?僕はすべてを雪梅で埋め尽くされたいんだよ?」
なにいっての?と雪梅に首を傾げたら、雪梅はそうだったね、ゴメンと僕を抱き締めた。すると、パアッと開けた場所にでて、僕は目を大きくみ開く。
そして、光を乱反射する硝子と光を屈折させる大量の水の中を泳ぐ秋刀魚に声をあげた。
「───雪梅!!雪梅がいっぱいいる──!!」
腹の下をキラキラと光らすその光景は梅の木に雪が積もったようにみえて、僕は雪の結晶が散りばめられているようで、興奮する。だから、おろしポン酢で食べたら美味しいだろうとか、紅葉おろしも捨て難いとかをいうと、雪梅はクスクスと笑うのだ。
「れいは本当に面白いね♪」
ぜんぶが雪梅中心に考えられる僕の思考に雪梅は物凄くご機嫌だった。
「そう?雪梅もよくいうじゃない。僕そっくりで愛らしいとか、可愛いとか」
ソレと同じでしょう?と僕は水槽の中を泳ぐ秋刀魚や鯖、鰯の群れをみてどれも雪梅だという。
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