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ⅩⅡ

  刻は変わって、とあるホテルのフロントでは雷梅が赤ちゃんを抱っこしてとある女性とあっていた。 「ご迷惑をかけてしまって、申し訳ありませんでした」 主人を助けて頂いた上に息子まで面倒をみて下さってと深く頭を下げているところをみたら、この女性が赤ちゃんの母親なのだろう。 「いいえ、医師としては当然のことですよ。ところで、貴女は大丈夫ですか?」 心細いこともあると思いますが、気をしっかり持って下さいと、心拍数を測ろうとする雷梅のソレはもう職業病というモノであった。聴診器があれば、フィジカルアセスメントをも行っていただろう。 「ええ、大丈夫です。少し横になったら楽になりましたから」 彼女はにっこりと笑って、赤ちゃんを受けとる。ミルクが足りなかった赤ちゃんは、母乳の匂いに顔を擦って彼女の胸に押しあてた。クンクンと匂いを嗅ぐしぐさはとても愛らしい。 「そのようですね。心拍数もだいぶ落ちついきているみたいですし」 そう応じる雷梅が赤ちゃんを預かっていたのは、彼女を休ませるためである。旦那の様態が落ちついて安心したのか、軽い目眩を起こしていたのだ。観光客でこの地にだれも知り合いがいなかった彼女を心配して雷梅がお節介を焼いたというモノで、別に雷梅が名乗りをあげなくとも大使館で面倒はみてくれていた。 「コレもなにかの縁でしょう」 赤ちゃんと同じ名前の雷梅はそういうと彼女はそうですねと笑い、少し肩の力を抜いたようである。母親の顔をする彼女の笑顔をみた雷梅は安心したように笑った。 「明後日には主人も退院できると思いますので、改めてお礼をいいにお伺います」 今日は本当にありがとうございましたと深く頭を下げる彼女は、赤ちゃんをぎゅうと抱き締めるとフロントから姿を消した。残された雷梅は踵を返すと天夢のところに向かうようだった。 だけど、フロントにみ知った人物がいて、驚きの顔を隠せれないでいた。その人物も雷梅のことに気がついたようで、雷梅に声をかけてきた。 「ああ、雷梅くん、あえてよかったです。行き違いになったらどうしようかと思っていました」 安堵のようなそんな雰囲気の言葉遣いをするその人物は僕もよく知っている。そう、僕の父様で、雷梅のお祖父様になる人だ。結婚式のときはちゃんとした挨拶ができずにすいませんと父様がいうのは、雷梅が父様のお得意様でもあるからだ。 「いえ、俺の方こそ、事前に挨拶をしただけで申し訳ないです。ああ、天夢くんたちならまだ浜辺にいると思いますよ」 暗闇の浜辺を指差して雷梅がそういうと父様は首を横に振った。 「お気遣いありがとうございます。しかしながらまだお得意様の商談がありまして」 そういう父様はこの期にと色んな商売に手をだしているようなのだ。そう、いくら国営でも資金は湯水の如くでないのであった。資産家からの義援金などもあるのだけど、ソレもそうあてにならない。 ソレに、お金持ちに嫁にだしても僕の兄弟たちは辛抱性がないから直ぐに帰ってくるし、僕のように上手く嫁げても孫や曾孫がぞくぞくと誕生するから施設の経営はもう火の車である。 だから、ソレを少しでも改善しようと父様は奮闘しているらしい。その商談で、南海岸に訪れた父様は雷梅がココにいるという情報を得たらしく、雷梅にあいにきたようなのだ。 「ソレで、コレを黎に渡し忘れていたことを思いだして、もしあえたらと思っていたんです」 そういうって、父様が雷梅に差しだしたのはエリック・ワールドの握手優待チケットだった。ファンだと聞いて僕のためにわざわざ取り寄せたらしい父様は、渡して貰えないだろうかと雷梅にいうのだ。コンサートでこの南海岸へ訪れていると父様はいっているから、まだ父様の耳には入っていなかったようなのだ。エリック・ワールドのコンサートが中止になったことを。 そして、藤梅がそのエリック・ワールドだったということも。雷梅はたぶん知っていたのだろう。苦笑いしていたから。だから。 「え、ああ、………渡しておきますね」 といいつつも、内心では直接僕に渡さなくってよかったと思っていたようだ。そして。 「では、私はコレで」 指定された部屋に向かう父様は物凄くイイことをしたという顔をしていたけど、雷梅は僕にではなく雪梅に渡しておこうと思うのであった。  

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