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第4話

俺をこの中途半端な状態のストレスから解放してくれたのが遊木だった。 2年になって同じクラスになったが、姉がいなくなって俺たちは何の繋がりもなくなってしまっていた。 遊木とはクラスの中でも遠い存在だった。 遊木は姉の葬儀にきてくれて、それからの変わって行く俺にも気付いていた。 昼飯を一緒に食うようになったのは、たぶん、俺のサボり場所にいつも何気なく、遊木がいたからだ。 きっとわざわざ、同じタイミングでサボっているのだろうに、何度、目があっても、いくら待っても声をかけてこない。 先に痺れを切らしてしゃべりかけたのは、俺だった。 「遊木?」 「…なんだよ」 「おまえ何でここにいんの?」 「……見張ってる」 「何を」 「おまえ」 「何で!?」 「………」 そっぽを向いていた遊木がちらりとこちらを伺う。 「なんだよ」 「……梨沙子に頼まれたから……たぶん」 姉貴に……? 十分に間をあけて聞こえてきた姉の名前に背筋に鳥肌が立った。 “梨沙子”聞きなれた名前でも俺が呼ぶことはない名前を、遊木が呼ぶのを初めて聞いた。 同い年の男が俺の姉を呼び捨てている。 不思議なもので今更ながら、2人が深い関係だったことを知る。 ……ていうか、『たぶん』ってなんだ。 姉の死が予想できたものなら、『弟を頼む』と言うこともできただろう。 でも実際には突然の出来事で本人にさえ予想なんかできなかったと思う。 だから『梨沙子に頼まれたから』っていうのはきっと嘘だ。 もしくは、姉の葬式でか、死んだ直後にか、遊木には姉の声が聞こえたのかもしれない─── なんてファンタジックなことを考える。 姉がいなくなってしばらく経つ。 未だ事件の真相はわかっていない。 一応、商店街の監視カメラに姉を引いたと思われる車は映っていたのだが、無灯火だったためにナンバーも車種もはっきりしなかった。 皆事件のことには触れてこない。 姉の名前は不良もどきになった俺には禁句だと思われていた。 触らぬ神にたたりなしだ。 遊木が切れ長の二重の目で俺の顔をのぞきこむ。 キレイな顔してんななど、相手の気持ちを無視して考える。 「悪かった」 罰の悪そうな顔をして遊木が謝る。 俺が沈黙していたせいか、姉の名前を出したことで気分を悪くしたと思ったのだろう。 「……や、悪い。全然違うこと考えてた」 「はっ?」 「いや、……晩飯なにかなって」 「はあーー!?」 急遽あからさまな嘘を吐いてしまった。 とくに意味はなかったが大げさにアホ面をみせてくる遊木に親近感をもった。 遠巻きで見ていた時は大声を出すような、人物には見えなかった。 「おまえ、変な奴なんだな」 「……遊木は、意外といい奴だったんだな、イメージと違った」 「何いってんの? 話し掛けんなオーラ出してたのおまえじゃん。梨沙子の弟のくせに愛想ねぇな、って思ってたんだよ」 「姉貴の恋人に振りまく愛想はない」 「……ごもっとも、シスコン」 「悪いか」 「ふんっ、梨沙子も相当なブラコンだったけどな」 「知ってるよ」 「デートの時もおまえの話すげーの! 俺、おまえのこと意外とよく知ってんだよ。梨沙子が渉、渉ってわけわかんない自慢するから。例えばさ、ちっさいころ犬に追い掛けられて、飼い主に仕返しにいったとか、中学の時水泳で水着になんのが嫌で病弱を装って休んでたとか」 確かに自慢できるような内容ではない。 無口でクールな奴だと思っていた遊木が饒舌に、俺の過去の遍歴をしゃべり始めた。 聞くに耐えないような内容だが、遊木が楽しそうに話すので、耳を傾ける。 たぶん姉のことを思い出しているんだろう。 姉は俺が好きで、よく恋人にこのよくわからない俺の自慢話をしていたことを知っている。 噂の渉君と言われることがよくあった。 しかも姉の話には作り事が無く、ただ単に俺そのままでなにが面白いのかもわからなかった。 姉の色眼鏡に移る俺は相当特別だったんだろう。 「もー、いいよ。俺の話は」 延々と続きそうな俺の日常を黙らせる。 あははっと笑う遊木は普段の大人びた表情と違い、年相応に笑った。 ふと、もてるだろうなと分かり切ったことを思い、姉の前の彼女達のことを考えた。 半年以上姉と付き合った後、遊木は誰かと付き合っていたのだろうか。 今でもクラス内から外からお誘いが多いが、もともと他人にあまり興味を持たない俺が知る由もなかった。

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