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第6話

「めずらしいな」 昼に来たLINEに返信を打ってると、遊木がしゃべりかけてきた。 冬の教室は、まだ寒い。 遊木は、寝そべっている。 この教室は物置小屋のようなもので、十数個の机が黒板側に寄せて集められて、せまいスペースが確保されていて、 イベントの時など普段使わないような作業やものを置くのにたまに使われている。 遊木が寝転んでいるのは誰が作ったのか、遊木が作ったのかもしれないが、絶妙な形に設計された段ボールの上にキルティングの布を敷いた簡単なベッドだった。 キャラクターのついた、可愛い枕は遊木ご愛用のものらしい。 「おまえがスマホいじってんの初めてみた。ってか、ガラケーじゃないのにびっくりなんだけど」 「初めてって大げさだな。あんまり使わないからな。忘れても問題ないし」 ねっころがってた遊木が、ひょいっと頭を起こす。 「まじで!? かなり不便じゃねぇ」 「いや、まったく。遊木はスマホ依存症だろ」 「いや、俺が普通、おまえが異常」 けらけらっと遊木が笑って静かだった場に色がつく。 そうか、と言われて納得する。 今どき、電車の中の親父ですら携帯をいじっている。 そんな時代に高校生が携帯依存症じゃないほうが、おかしい。 どうも俺は世間にうといらしい。 遊木といると穏やかな居心地の良さが、すっと自分の中に入ってくる。 俺よりよっぽど遊木のほうが姉に似ていると思う。 場を色付ける、独特の雰囲気とか、バカっぽい笑い方、俺の日常に非日常を感じるところ…… 簡単ベッドの隣で椅子を横に座って壁に背を預けながら、机に肘をついて漫画やら何やら読むのがいつもの俺のスタイルだ。 だらだら遊木の寝息なんか聞きながら時間をつぶしている俺は、なによりこの時間が気に入っている。 「女~?」 「まあね」 慣れない手つきで一文に時間がかかる俺が答えると、へぇーと小さい声でかえしてくる。 「生意気」 遊木がにやりと笑った。 ちょっと顎をあげて目を細めるこのばかにした顔。 ふざけて言っているのがわかるから、あえて反応もしてやらないが、密かにこの顔が好きだった。 携帯のカメラで押さえたいと思ってしまう、バカな俺の頭に呆れる。 今まで携帯のカメラ機能など必要ないと思っていたくせに。 女と言ったところでたかが知れている、ただの見栄だった。 俺だって女とメールすることを遊木に教えてやりたかった。 「うるさい、寝ろ。」 「彼女?」 ふと真剣な眼差しで聞いてくる。 普段ヘラヘラしてるやつが素でしゃべるだけで人をドキリとさせる。 ずるいと思うし、やめてほしい。 俺の無口で無表情の壁が気を抜かれてはずれそうになる。 「そんなんじゃない」 「じゃ、何?」 「ただの、友達」 「女の友達?」 「ああ」 無性に腹が立つ、何もかも見透かされているようで。 ずりあがって壁にもたれている斜め下にある遊木の目が見れない。 「遊木こそ、スマホさっき鳴ってた」 「おっ?」 ゴソゴソとポケットを探して確認している。 「彼女か?」 「さあねぇ」 遊木が俺を見上げて意味ありげに笑う。 「付き合うかもしれないし、付き合わないかもしれない」 そうか、と一人落ち込む。 「冗談だよ、男だし、」 ふぅ、とため息をついた遊木がしゃべり続ける。 「……あー、もーお前何なのー? 俺からは言わないし、言えないし、てかお前気付け! そして認めろ!」 「何をだよ?」 「お前さぁ! はぁ……お前が気付かないと何も始まらないだろ?」 何を始めようというのか、遊木がいらついたように頭をかく。 なんのことかと思ったが、隠していることが一つ。 ばれているのかもしれない。 遊木を盗み見ていたことや、寝顔に見惚れていたことも、女を匂わせて反応を期待したことも、何もかも知っているのかもしれない。 それなら俺は気付いている。 だからって何を言うのか。 俺と遊木で何かはじまるのか。 そこまで考えて、そんな考えは打ち棄てる。 プライドの高さと俺の日常が崩れるのを恐れて俺はただ沈黙するしかない。 遊木が沈黙を破り、立ち上がる、すらっとした体躯、太陽の光をまとって明るい髪の色がきれいだ。 たぶん遊木からは逆光で俺の顔はよく見えないはずだ。 今、自分がどんな顔をしているのかわからない。 ただ情けない顔なのは確かだ。 振り向く遊木にいつも何かを期待する。

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