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「た」 「ん? た?」 「た、勃つのか、君は私なんかに」 松本がいきなりジャケットを脱いだので私は過剰に身を震わせてしまった。 後退りすれば「愚問ですねえ」と愉しげに言い、また距離を縮めて手を伸ばしてくる。 「待ってくれ!」 「何ですか、往生際悪いですね。写真ばらまきますよ?」 「いや、違う、そうじゃなくて、妻にメールをする」 松本は伸ばしかけていた手を空中に止めて目を丸くした。 私はスラックスのポケットから携帯電話を取り出して妻のアドレスを開く。 「うわあ、本当に真面目ですね」 ああ、話しかけられるとメールを打つのが遅くなる。 そもそもメールなんて滅多に打たないのだ。 普段は電話で手短に伝えてばかりいるから。 「今からお前の不倫相手と寝る、って?」 「少し黙っていてくれないか」 彼に背中を向けて、ぽちぽちぽち。 久し振りだから何度も打ち間違えてしまう。 いや、違う。 緊張もあるのだ。 さっき会ったばかりの相手と、しかも男と、これから。 「別に同時進行でもいいですよね」 不意に耳元で声がした。 正面に回された両腕が胸を圧迫する。 後ろから上背のある松本に抱き締められた私は否応なしに、より、緊張した。 「ちょ、ちょっと」 「何々、今夜は会議で……え、まだ文章たったこれだけ?」 「み、見ないでくれ」 「体かちこちですね」 「……」 「ここ触ったらほぐれるかな」

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